さっそく季節君渾身の全体図を見ていただきましょう

tugouyama

年代からも想像できたことですが、才の原遺跡に近い構造になっています。
(以前のレポート参照)
18C~19C頃の陶器も見つかっています。これも西村家のたたら場だと考えると符合します。

上から順番に見てゆきましょう。
高殿の境界と思われる跡の内側は砂鉄を置いておくところです。
そして、防湿構造となる床釣りの境界は石垣になっています。
才の原遺跡から連想すると、この石垣は地下2メートルくらいまで続いているはず。
その底には排水溝や坊主石などがありそうです。
炉の両側を守る小舟の屋根は落ちていました。
しかし、屋根部分に当たるドーム状の粘土の壁は溝の中に残っています。
そしてそのとなりにある平たい部分が鞴座だと季節君は考えました。
当然、鞴座の内側にあるくぼみが本床です。
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(覗き込んでいるところが小舟、鞴座-中央の大きな石のようなもの、わかりにくいが本床が低くなっている部分。手前のトレンチには石垣の並びが見える)

防湿壁となっている石垣が、ぐるりと取り囲んでいるのが特徴的でした。

これは、以前にレポートした福長下ノ原遺跡でも見られましたよね。

前の発掘調査をされた角田先生が近くにおられたので、近藤家の炉との比較をしていただけたらと、今になって思いました。

指定史跡なので樹木を簡単に伐採できないし、あちこちを少しづつ掘り下げた、つぎはぎのようなトレンチになっています。
でも全体図は、完成された高殿たたらの遺跡だなって印象でした。

あちこちの写真を撮っていたら、記録もつぎはぎのようになってしまいました(笑)

この後、もう一つの古いたたら遺跡の発掘現場を紹介いたします。
(つづく)