都合山は近藤家のたたら場として有名で、俵国一氏が操業の様子を調査し、角田氏がその跡を発掘調査されたことで、かなりの細部まで明らかになっています。それは鳥取県指定史跡となっています。
ほかにも5か所のたたら跡があるとされており、このたびは、その近藤家より古いたたらを調査したものです。

季節君はご近所の知り合いを載せて集合場所の滝山駐車場に行きました。
このかたも京都で地層のもぎ取り模型を作ったりされた、かなりのつわものデス。
集合場所の滝山駐車場にはすでに多くの車があります。
あまり知り合いがいないなって思ったのですが、じつは多くの研究者のかたがおいでになり、季節君が見逃していただけでした。
だって、いつもはスーツ姿で超然としていらっしゃる先生方が、くたびれた帽子に(失礼)くたびれた作業着でおいでになっているので、あまりのギャップにそれと判断できなかったのです。
いつも見てくれで判断してしまう、軽薄な季節君でありました。

近江畑までバスで移動して、そこから歩いて都合山まで。これが急斜面で年寄りとなった季節君にはつらい  (◎_◎;)
みんなに遅れないようにと必死の思いで歩を進めます。時間にしてみればわずかに10分ほど。

都合谷川の橋を渡って近藤家のたたら跡。夏草が少し生い茂ってしまっています。
さらに50メートルほど花口寄りに歩くと、溜池があり金屋子神社があります。
その前の平地を発掘調査されていました。
そこは無意味に整地されているはずもなく、私もその平地には何かあるだろうと思っていました。
ここが製鉄炉でしょうか?
結果として、建物らしき跡はあるものの、炭片があり、炭小屋跡ではないかと推測されます。

さらに川寄に20メートルほど移動した下の段の平地。
そこには沢山のトレンチ(調査用の溝)が穿たれています。
ここが、江戸時代末期から明治初めまで(1864~1869)操業された、西村吉左衛門のたたら場です。
季節君は記録用にデジタル動画を撮影することにしました。
結果として、解説者から離れすぎていたこともあり、声がうまく録音されていなくて失敗でした。
しかし、その動画などから季節君は平面図を作ってみることにします。
(つづく)