春日大社に行って以来、瞬間刀剣マニアと化している季節君ですがもう少しお付き合いください。

 

鬼切には棒樋が入っていましたが、徳川頼宣が紀州東照宮に奉納した重要文化財に指定されている銘安綱にも同じように棒樋が入っています。身幅は鬼切と同じくらい広い。そして茎深くまで樋は達し(掻き流し)、それを避けるように安綱の銘が目釘穴の後ろに刻まれています。

この刀はかなり重そうだから、強度を保ちながら軽量化を図るために樋を掻いたんじゃないだろうか、とは友人の談。

茎を見ると樋の中までしっかりと錆びていますが、目釘穴は2つあり、改造されていることを物語っています。いろいろ推測をして悩ましいところではあります。

樋を入れるようになったのはいつの時代からか、季節君は知りません。しかし、当時の安綱は色々と工夫しながら刀を作ったのだろうと感じられます。

 

数年前、九州の島津家から文化庁が7500万円くらいで買い上げた安綱もありました。鬼切より若干細身ですが、波紋はやはり小乱れで地鉄は黒いですな。

 

安綱の展示は7振りありますがどれも腰ぞりが強く黒みがかった地鉄、時代を感じさせるものです。

 

次に出てきた国宝安家の刃文は小乱れに丁子がまじり、金筋が入るという安綱とは全く違った華やかな刃文となっています。

 

真守も3振り展示されています。3振りそれぞれに古伯耆を感じさせる姿ではありますが、刃文はそれぞれに異なり、銘も「伯耆国大原真守」「真守造」「真守」と異なっています。

ここでちょっと考えたのですが、日本刀黎明期の刀工として研究者は三条小鍛冶宗近備前国友成伯耆国安綱を挙げます。備前友成は数代続いたと考えられていますので、真守も数代続いたのではないでしょうか。

真守の太刀はそれぞれ作風や銘が違う上に、鳥取県では真守屋敷という地名が倉吉、日下、八郷にあります。備前友成と同時代の安綱や真守も数代続いた可能性を感じます。

 

また源平盛衰記には、平忠盛の佩刀に抜丸という名刀があります。現在は所在不明となっていますが、太刀に抜丸と書かれているわけではないので、ひょっとしたらこの展示品が抜丸である可能性もない訳ではありません。そんなことを考えてしまいました。

 

他に安綱一門の太刀は有綱が三振り、国宗、真行、貞綱、無名の古伯耆が展示されています。真行はちょっと細身、とてもすべやかな地鉄が優美で美しいのが印象的でした。

こんなきれいな太刀を季節君も床の間に飾ってみたい。

しかし、我が家にこんなものがあると、危なくて夫婦げんかもできなくなりそうです。

 

今回の展示品は1000年近い時を経た骨董品です。由来も不明な点が多くなっています。

何せ、安綱自身が正体不明なのですから。

このような名刀が鳥取県の砂鉄から作られたのだということが、信じられない思いです。

 

今回の古伯耆展時のすばらしさをすこしでも感じていただけましたでしょうか。ただし、鬼切や紀州東照宮の安綱は期間限定の展示です。

正直なところ、その名前に圧倒されてしまった季節君ですが、気を取り直して左のホールに行ってみることにしました。