展示ホールは白を基調とした部屋で、両面ガラス張り。その中にずらりと日本刀が並んでいます。

そして意外にも人が少ない。

まず正面にあったガラスケースには、おととし発見されて話題になった春日大社の古伯耆刀。

これは、確か米子市美術館でも出会った刀です。

「ひさしぶりだね、元気だった」

挨拶をして交わす目と目。

季節君は刀については全くの素人なので、どしろうとのたわごとだと思ってください。

(写真撮影は禁止なので、絵はありません)

身幅は広く、古伯耆独特の強い腰ぞり。目釘穴が二つなのは長さを使いやすいように加工されたものでしょうか。すると、茎(なかご グリップの部分)も切り詰められている可能性もありそうです。

 

その隣はご存知国宝 童子切


キタ──ヽ('∀')ノ──!!


銘安綱の伝説の宝刀。ここでは語り切れないほど由緒のある、国宝第1号になった日本最高峰の太刀であります。

これが伯耆で作られたのだと思うと鳥肌が立ってしまいました。源頼光、豊臣秀吉、徳川家康、秀忠、備前松平、津山松平家などに伝承されたという宝刀。あまりの尊さに、誰も手を加えることができず、産ぶなままです(誰も加工していない)

室町のころには酒呑童子を退治したという物語が絵巻になって成立しています。

深い色合いの地金にざらりとした肌をしていて、思わず手を出したくなります。この腰ぞりの強さは安綱一門の特徴なのでしょう。表から裏までじっくりと鑑賞することができました。

 

ここで気付いたのですが、童子切には10人ほど並んでますが、その後ろに長い行列。

はて?

そこには 薄緑 や 鬼切丸 が陳列されているのでした。


ヽ(゚∀゚)ノ うぇ──────ぃ♪

なんとも豪華な顔合わせではないですか。

童子切と鬼切という安綱が鍛えた兄弟刀。

平家物語では髭切(鬼切)と膝丸(薄緑)が兄弟刀と書かれています。

1000年の時を隔てて、こんな名刀が並ぶなどということがいまだかつてあったでありましたでしょうか。

季節君は感動で目がウルウルしています。

 
(。ノ_・。)ウッ・・


平家物語によると、多田満仲が鎮西府将軍になったときにひとりの刀鍛冶に太刀を作らせます。それが髭切と膝丸だったとか。

髭切はその後、源頼光に与えられますが、京都一条戻橋で茨城童子という鬼を斬ったことから鬼切と名を改めます。そして北条氏や新田義貞の手を経て、斯波氏はこの名刀を足利尊氏に献上するのを嫌がり、一族の運命を賭けて戦までしたといいます。現在は北野天満宮に保存されています。

 

膝丸は蜘蛛切や吠え丸、薄緑と名を替えながら源氏の宝刀として受け継がれます。薄緑と呼ばれる刀は日本にいくつかあるのですが、現在は箱根神社にあるのが膝丸候補として最有力となっています。

薄緑は少し細身ですがやはり腰ぞり感が安綱の時代を感じさせます。

地金も深い色合いで「鍛えは板目肌立ち地景入る」感じが安綱の時代に共通でしょうか。(知ったかぶりです)

 

鬼切はと言うと、ずいぶんごつい感じ。反りも強く、肌の感じが荒れて見えます。やはり貴族が持つというより武士が実戦用に配備しそうな感じ。

これなら鬼の腕を切り落とすことも出来たでしょう。

棒樋が綺麗に入っていて、それが茎に達しています。茎では樋の中までしっかり錆が来ているので、製作当時から樋が入っていたのかしら。銘も樋を避けるように目釘穴より下にあります。しかし、銘が薄くて読めない。

この銘については諸説あり、はっきりしないのです。

 

地肌や映りなどを見ようと目を皿のようにしていたら、目がチカチカし始めました。

しかし、ここまでは展示されている中でも、ほんの数本。

まだまだすごい刀がずらりと並んでいるのです。

 

隣の女の子は

「これって鬼切じゃん。髭切はどこかしら?」

もしもし、鬼きりと髭切は同じ太刀なんですけれど。

刀剣女子にも上級者から初心者までいろいろありそうです。

 

老夫婦が小声で話し合っています。

「これっておいくらかしら」

「でも、これを買ってもセキュリティーとかがやっかいだよ。どこに置くの」

「そうよね」

おいおい、まさかてめえ達は本気で古伯耆刀を買おうってんじゃないだろうな。

 

俺だって言ってみたいよ。

俺「良さそうなのを二~三本みつくろって、包んでくださる?」

店員「お車までお持ちしましょうか」

俺「じゃ、おねがい」

なんてね。

 ルン♪ o(≧▽≦)o