先日、米子市公会堂であったフォーラムが縁となり、宍粟市教育委員会の方から宍粟のたたらの歴史についての資料を教えていただきました。
http://www.infokkkna.com/ironroad/2018htm/iron14/1806nishiharimanotetsu01.htm

季節君はこれをいま勉強中でございます。
宍粟というと、千種鋼の産地なのですが、「たたらと村」を読んだくらいで、その後まとまった勉強はしたことがありませんでした。

宍粟は天領となったのでたたらがやりにくかったらしいとの思い込みはあったのですが、紹介された論文では少し私のイメージと違います。
確かに天領はあって、千種屋源右衛門、鳩屋孫右衛門、湊屋徳兵衛が引き継ぎながらたたらを創業したらしい。
しかし、鉄滓の推積地は237か所もあるというのです。
それは、多くが近世のものだと言います。どういったわけでそんなにたくさんのたたら跡があるのかもう少し読み込んでゆこうと思います。