8月19日に米子市図書館でPM2から 安綱の談話会を開きます。

日南、日野、八郷、日下、倉吉からの伝承を紹介していただくのですが、どれも本物の匂いがプンプンします。

つまり、大原鍛冶はたたら製鉄と同じく伯耆一円で活動していたのが伺えます。

資料も調べていると、古い物がどんどん見つかって、やはりこれは一度系列的にまとめておくべきだなと思いました。

なかでも、季節君が取り扱いに困っているのが、鳥取県郷土史 第3編208ページの取り扱い。
銘から見て大原鍛冶の子孫は日南町石見住であること、また倉吉市小鴨村に居たことがわかる旨の記載があります。

これを調べてもなかなか正解が出てきません。
①石州に貞綱という刀工がいましたが、これを大原貞綱と混同したものか。
②江戸時代の鑑定書によると真守の銘は真守作、大原真守、伯耆國大原真守造が知られていますが、そのほかの銘が最近は出ているそうです。(ネット談)そういった類のものでしょうか。
③本当に大原鍛冶の名刀で石見住、あるいは小鴨住と銘の切られた真作があるのでしょうか。
鳥取県郷土史自体が権威のある書物なので、真作の可能性が否定できません。しかし本書には論拠が記載されていないのです。
どなたかご存知の方が有ったら、明日こっそり教えてください。

調べれば、どんどんと迷路にはまって行く季節君でした。