このところ、大原安綱の話が盛り上がっています。

伯耆誌では、阿毘縁、上菅、八郷、日下、倉吉に伝承が残ると記していますが、上菅の話は高宮の郷という郷土誌に出ています。

ほんじつ、なんと!上菅に行ってきました。

ヤッルゥ!o(*><*)o

菅福小学校の跡地周辺にはその昔、御城や武家屋敷があったそうですが、今は広い田んぼになっていました。

そして、その山裾に神社の跡があると言うのです。

平安時代から、地元の集落では延々と面倒を見ているとのこと。

刀剣類の展示されている蔵美術館を通り過ぎて行ってみると、草は今でもきれいに刈り取られ手入れがされています。
小道沿いの石段を登ると、大原神社と 花御前の標識

花御前は安綱の奥さんだった人。大原神社はその奥にありました(大原神社の祠は他に合祀されてしまったので、今はひとつの社しかないのですが)。夫婦そろって祀られているとはなんて素敵でしょう。

ちなみに安綱さんは、修行に出た先の師匠の娘さんと恋に落ち、嫁にしたのが花さんだったそうです。


*♥*:;;;;;:*♥q(≧▽≦*)(*≧▽≦)p。



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天気のよさも手伝って、ほのぼのとした思いでした。

見渡してみると、その祠の前には綺麗な平野が広がり、その向こうの土塁の下は駅。そして街道。

なるほど、いかにもこの地を守備する武家勢力が城を築き、刀鍛冶を抱えていたのが目に浮かぶようです。
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もう圃場整備や道路改良がおこなわれて、たたらや鍛冶の跡はないだろうなと思っていましたが、それでも路肩には転々とカナクソが転がっていました。
やはり、製鉄や鍛冶はここで行われていたのでしょう。山際をこまめに探せば、もっと痕跡はありそうに思えました。

上菅は、ここから東に数キロ行けば都合山のたたら群、西に行けば印賀鋼の里と鍛冶をするには絶好の製鉄地帯でした。



次は阿毘縁の大原山にある山伏塚を取材してみたいと思っています。