日野町広報誌の今月番に、角田先生が執筆された記事が掲載されていました。

日野町ではこのようにたたらの遺跡などについても、一般に広報しています。

先日、この遺跡については私も調査に参加したので、興味津々で呼んでいました。
年代が特定できないのは残念ですが、先生のお話では鎌倉、室町くらいかなという意見もありました。
この手の山際を小規模に崩した遺跡というのは、日野郡では頻繁に見ることができます。
日野郡ではすでに製鉄関連の遺跡は五百か所を越えました。
近々、報告書第三の巻として出版される予定になっています。
tatara1