たたらの楽校にお客様がありました。
ご先祖様が、たたら場のお支配人をしておいでだったとの家伝があります。

そしてアルバムを持ってきてくださいました。
ちょうど、当日がたたら顕彰会の会合だったこともあり、たたら顕彰会の研究スタッフに全員集合が掛かります。

加地先生が作られた手代の名簿一覧にいよりますと、このかたは呼子山の手代であった可能性があります。
しかし、写真は本当に呼子山鉄山なのか。
呼子山は工事により地形も変わっていますし、現存するものが少ないので確定できません。

そこで、資料をあさり、呼子山の地図を比べることにしました。
呼子山?


建物の陰になっていますが高殿の屋根が見えます。
大胴場の屋根も見えます。
手前のしっかりした建物が本小屋かな。
配置からすると、手前側から右に向かって山内集落かと思われます。

yobuko
山の位置関係からみると、こうなりそうですが、なんだか配置が違う感じもします。
呼子山の支配人ではないのかな。
ではどこ?
謎が深まります。

このほかにも最近、新しい資料がどんどん入ってきていて、どこまで公開できるのか悩ましいところです。