都合山と言えば、明治30年ころに近藤家が操業した主要なたたら場の一つです。

当時斜陽化していた日本の古来製鉄法を何とか記録にして後世に残そうと、東京帝国大学の俵国一先生が調査され記録に残されました。

2010年には角田先生が発掘調査をされて記録に残されています。

そして、上菅集落の人々がずっと守り続けてきた遺跡。

今度は日野町が保存に乗り出し、整備をしました。
そんないろんな人の思いを込めて、今日そ
のお披露目がありました。

マスコミや関係者限定です。

季節君も関係者ということで便乗させていただきました。

上菅集落入口にはこのような看板がございます。
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小さな倉美術館も、日本刀や鎧などの武具を展示してあるのですが今日はそちらではなく、こちらを歩きます。

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間もなく、たたら街道への入り口が見えてきました。

「たたらの里プロジェクト」のHPでソフトをダウンロードし、この看板にスマートフォンをかざすと説明が始まります。

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機械音痴の季節君はうまく操作できず、馬子が小さく出てきました。
しかも、人物にかぶってるし。
画像は拡大することもできます。

mgは(まごと読む)「近藤家に鉄をおさめに行くところじゃ!」と言っていました。

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そして街道を歩くこと30分。

その間に、渓流に橋がかかっていたり、滝が5個もあります。

季節君は畑集落から近道して10分でした。

そして都合山入り口。
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まだ、橋が新しく、景色になじんでないですね。

橋の両岸には橋台や川へ下りる階段も当時のまま残っています。


いよいよ、突入というところで次回に続く。