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2026年08月

腰物目利口伝書の解読が途中になっていてすいません。
私の持ち物でもないのに、全文を公開してしまうのはいかがなものかという、どうでもいいようなことを考えてしまい、そのあとを公開していません。
もちろん全文をすでに解読しています(間違いもあるでしょうが)

そこでこの後の文章の中で気づいたことを2つほど書いておきます。
まず「伯耆の刀の事が書いてないという事」
これは私にとっては大問題。
京都五鍛冶のことは書いてあります。
備前刀の事も書いてあります。
それから鎌倉の事もありましたね。

考えられること①
著者が関西圏にいた。だから京都の事に詳しかった。
逆に古伯耆のことは認識がなかった。
考えられること②
安綱などは一般の刀剣商が取り扱うことのないものだった。
文中に偽物をつかまされると失敗するとか書いてあるので、おそらく実際に刀剣を取り扱う商人だったのでしょう。だから一般の人が扱わない超希少な古伯耆などは眼中になかったという事かもしれません。

伯耆の鋼の事が書いてない
南蛮鉄で刀を作ることが書かれています。
刃金は出羽鋼、宍粟鋼を使うと書かれています。
なぜ伯耆の鋼が書かれていないのか。
①時代が違う
印賀鋼が売り出されるのは、この書物が書かれてから10年後になります。
②地域が違う
この時期には奥日野の鋼は安来港から出荷されることが多かった。
それを防ぐために鳥取藩は境港に鉄山融通開所を開設することになります。
つまり、安来から出荷される刃金は伯耆の鋼だという認識がなく、むしろ出羽鋼のお仲間のように思われていたのではないでしょうか。
という事で、この時代の奥日野の鋼は、まだブランドとして確立していなかったのかもしれません。
もちろん取引は盛んにおこなわれていたようではありますが。

という事で、この書物を書いた人は、伯耆の人ではないというのはまず間違いないと思います。
季節君の一考察でありました。


腰物目利口伝書 第11帖

20260726_141309

作者に心を付によて覚束なく
ならひも手前に出ず。たとへば
人を尋ねるに、その住所をも知らず
ただその名ばかりをしるべに尋ねる
がごとくなり。これ第1の心持なり。
一 刀、脇差とも上作はともかくにえ
にほひ深く物也。しかし作により右の
誠所無の作も又見える。大方十が
八つ九つまで煮え匂い有ると知るべし
一 中心の反りしたる事 刃棟をそぐ事
目釘穴色々なる事 右是はみな
打つ時のわざにあらず。むかし虫
作りとてつかにいろいろの紋をすへ、
つかひとつを取り、余の脇差どもに
はめたる事あり。そのとき、柄に
かまれたる所を打ち通し刃棟

腰物目利口伝書 第10帖

20260726_141258

備前物と見へてにえのあるは備後
備中両国物としるべし。また刀の
姿は備後物はしのぎたかくなかへ
けをむねうすに作る物也。
刀脇差の姿いろいろ有るといへどもその国
の水のかわり鉄のちがひにて少し
究まる事あり。然れども先祖のかたちは
少し相違いあるべからず。刀脇差の姿
鐡のまるひ刃の焼き様右の京鎌倉
備前、この三筋のかたちより外に別に
珍しき事を作り出したる作は
なし。か様の区別を以てまず刀の姿に
心を付け、物二つの地肌の分ちを以て
大方国を見分け、その所の同じ位の作を
あるをてその作作を見分ける物也。
只、むやみに所もすらずはじめより

腰物目利口伝書 第9帖



20260726_141246

ながれは柾目なり。刃の焼き様,余の国の
鍛冶とは違い、はばき之より焼き
出すにより乱れなどもすゑほど
かいなく、必ず切っ先の刃は兼光などの
時代よりさきの古き作ともは、ぼうしの
かたちばかりにて、かえり無し。また
刃へも鎌倉物などのごとくには
惣別なし。においばかりなり。
但し、古備前の上作などにはにえ勝ちの
み多し。この古備前というは、一条
院の時代の前後の鍛冶どもなり。
  右、京、鎌倉、備前三筋のかたちになき
  作どもの事
一 刀、脇差の姿、鎌倉かたち共、又備前物
とも見えず、二つの間を作り、中切っ先
にして地肌刃の躰はおおかた

腰物目利口伝書 第8帖

20260726_141233

して刀は大切先に作る。脇差はそりて
いずれも三つむねにて、中の筋ひろし
惣別脇差のそりに口伝あり。刀の切っ先
につくるる物也。たとえば刀を大切っ先に作る
さくは脇差もそり深し。切っ先中などで
そりも中なり。又小切っ先に作れば
脇差必ずうつむくなり。鎌倉物
ひとながれの内には大中の二つあり。
その中の作りというは多くはなし。
行光、正宗、義弘、この三作なり。残る
弟子、又子いずれも大の作りなり。板目にて
刃は切っ先より焼きだすによりさきの
刃つよくにえ鮮やかに多し
一 備前物の事 刀の姿小切っ先に
して三つむねなどは一切あるべからず。
地肌板目なり。但し光忠の

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