アーカイブ

2026年07月

腰物目利口伝書 第3帖

20260726_141139

さてわたしの翻訳もいよいよ怪しさが佳境を迎えています。
というか、はなから怪しかったといわれてしまえばそのそしりを免れません。
しかし、そんな批判にはめげず、自分の勉強のためにも翻訳を続けます。
日本刀のことが十分にわかっていないので、何のことを言っているのか理解できない。


「ぞかんようなり
刀の疵をしる事
一 わかき物の第1にうぶ刃という事
あり。これは刃のあしさきに黒色に
からなどのごとくなる物、上にうきて
あり。次第に古くなるほど落るものなり。
又、地色しらけしる無くがごとき刃には
しるあり。青み勝るうきやかにしろく
はせず又刃えも、よごれたるように
うるみたる所も有り。又さややかなるところ
もありて刃さかひににほひなく、さわ
だちて、見ゆるもの也。さりながら上手の
打ちたるほど、その心少なし。されども
少しなりともかたちあるべきものなり
一はうし物の事。第1、ひはだということ
あり。是は地の色よりも白きはだ    」

はうし物というのは「ほうじ物」かもしれません。
刀の再焼きのことを焙じ物と言ったりするようです。どちらにせよ、翻訳も含めて今後の勉強課題とさせてください。

腰物目利口伝書 第2帖

20260726_141122

さて、お暇な方はご覧ください。
比較的読みやすい崩しだとは思うのですが、いかんせん当方の技量が伴いません。
AI解析もしてみたのですが、土地売買の古文書が云々という答えが返ってきました。
たぶん地という文字に反応したのでしょうね。
AIに頼るのはまだまだ先のようです。
さて、前回の続きです。


べし。され共地色にしろありてかわ
きたる事あるべからず。これ第1の
心もちなり
 地はだに板目、柾目という事
一 板目といふはかねの合わせ目をむねは
にして所々を平に作るによって
もくのごとくなる肌也
一 柾目といふはかねの合わせ目を以て
作るよりてのきめのようなる肌立ち
にあるべし。柾目に板目のごとく
なる多し。ひびいへども肌の筋
兎角たてに行きとまるべき
物なり。板目に立てにとまりたる
はだハあるべからず。此のふたつの地
肌のわかしを以て大かたすじを
知る事なれば、是第1に見分ける事


ただでも難しい日本刀の世界
そして崩し字の世界
秘伝書の意味などわかろうはずもございません。

腰物目利口伝書 第1帖

20260726_141105

第1ページは地鉄の色で刀の良否を見分ける術です

刀の地刃を以て上中下を知る事
1 上作は刃白く地色あをし。中作は刃
あをく地色黒し
1下作は刃黒く地しろし
かくのごとく上作とも何も刃いかにも白く
きたひのふさぐる事一切あるべ
からず。ただし地肌には上作のうちにも
作によりて少ししらけたることある

ちょっと翻訳に自信ないですが、こんなことが書かれています。
国立公文書館の「腰物目利書」にも、地色で刀を上中下に分ける方法が書かれていて、ここまで詳しくはないですが同じようなことが書かれています。

これから日本刀を見るときには、鉄の色に注意してみたいと思います。

古文書の山から「腰物目利口伝書」を見つけてしまった

毎月最終日曜は古文書の勉強会です。
今日は、かな文字の勉強でした。
昔の平仮名は、崩し字であるのに加えて、色々な漢字をひらがなにあてて読ませるので、慣れないうちはかなり難しいです。
例えば「者」を「は」と読ませるのはごく入門編です。
「盤」を崩して書いて「は」と読ませたりもます。

そんな勉強を2時間ばかりして、昼休憩の後は日野町に残る古文書の調査。
ここで、実際に残された古文書相手に腕試しとなるのですが、これがなかなか難しい。
でも、この古文書の山のなかから、今まで知られていなかった資料が見つかったりするので面白いところでもあります。

今回は明治の土地台帳が多くありました。
明治もまだ、江戸時代に続いて崩し字の時代です
「鑪村」とか「鍛冶屋前」とかいう地名が書かれています。
多くの場所はすでに現地調査しているので驚かないのですが、ときどき未調査の場所にたたら関連の地名が出てきて驚かされます。探せば遺跡が出てくるのでしょうが、あまりの多さにちょっと食傷気味。

そんな中で、「季節君、こんなの出ましたけれど」と向かいの席の先生から手渡されたのが、
「腰物目利口伝書」と書かれた汚い書物。
20260726_141055
寛政元年
腰物目利口伝書
酉11月 日
遠ケ崎屋
助蔵



。。。。。。
しばし、無言で書物と対面します。
そのつかの間にいろいろな思いが頭をよぎります。
年代は寛政元年。江戸時代中~後期です。
黒坂は小さいといえども城下町だし、武士も多くいたので刀にはうるさかったのかもしれません。
ましてや鋼の大産地です。
刀剣商もいたのかもしれません。
そんな刀剣商が持っていた書物でしょうか。
ちなみにネット検索すると、「腰物目利書」というのが、国立公文書館にあります。
ちらっと見た限りでは、国立公文書館の蔵書とは内容が違っています。

これは、、、、、、う、れ、る。 (; ・`д・´)
きっとマニアは欲しがる。
そんな雑念が頭をよぎりますが、じっとこらえて、盗るのは写真だけにしました。

口伝というのが怪しいです。語り伝えられてきた極秘の見極め術が書かれていそう。
遠ケ崎屋というのは刀剣商でしょうか。
ただの鑑賞会ではなく、実際に日本刀が用いられていた時代に、これを取引するため刀剣の良しあしを判断するための資料となるもの。

す、すごそう。
当時の刀剣商が夜な夜なこれを読んで勉強していたのでしょうか。

おもえば、明治の土地台帳に挟まれて私のもとにやってきたこと自体が不思議です。
因縁を感じます。

これから、経験の浅いかな文字解読も駆使しながら解読に挑んでみようと思います。
江戸時代の目利はどんなところに目をつけて刀を見ていたのでしょう。
40ページほどありますから完読は無理かもしれません。
ページの破れや欠けはないようですし、刀の絵も描かれていて、丁寧に解説されています。
内容は皆さんに少しだけ教えて進ぜます。
今後の解読にご期待ください。


このページのトップヘ

見出し画像
×