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2026年06月

鉄穴採取場調の古文書

今日も今日とて古文書整理
広い部屋に机を2つ。
先生と私と教育委員会氏

まるで居残りの勉強会です。

机の上には辞書と古文書の山
そして目の前に古文書のタイトル一覧
タイトルと古文書本体を照らし合わせ、リストに間違いがないことを確認してから、内容を読み込みます。
読み込むって言ったって、わけのわからない文字の羅列
すでに文字かどうかもわからないものもあったりして

で、出てきたのがこれ。
鉄穴採取場調
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明治30年代の日野町上菅地区のものです。
鉄穴場とは砂鉄を取る場所。
都合山などは、場所が広いだけに、持ち主もずいぶん多いです。
そして、いつも一番に出てくる名前が近藤喜八郎
さすがです。
歩合割合は7割くらいあります。
各山の先頭が近藤喜八郎になっているのがわかるでしょうか。
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砂鉄採取をするたびに地代を払うのでしょうからこれもずいぶんな実入りになるのでしょう。
持ち主には日野郡だけではなく備中の人の名前もちらほらあります。
都合山が、一時、千屋の太田正蔵の所有になっていたのもうなづけます。
たたらというのは、多くの人の利害が関与する巨大産業だったことがうかがえる文書でした。

出来上がった日本刀の鑑賞

さて、先日からお伝えしております、奥日野の鋼を使った日本刀づくり。
いよいよ、完成した日本刀の鑑賞会となりました。

たたらの楽校に役員が三々五々集まります。
そして、刀を拝見。

まず第一印象。
思っていたより細く感じます。
短刀の場合、長さと身幅との比が10:1になるそうです。
そうしてみればこれが、黄金比なのです。
このバランスを崩すと、ずんぐりしたり、やたらと細く見えたりするそうです。


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実物は銀色に光り輝いて美しい

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刀身のあちこちにいろんな模様が広がっていて、「良い働き」をしているのだそうです。

皆で説明に聞き入っていましたが、日本刀の鑑賞は難しい。

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でも、写真で見るより百倍美しいです。
詳しいことはわかりませんが、見とれてしまいます。

今後のスケジュールを打ち合わせました。
10月の「いきいきひのふれあい祭り」にこの刀の贈呈式と一般向けの鑑賞をします。
それから大橋刀匠の記念講演。

この刀の素材となった印賀鋼の製造を見ていただくためのミニたたらの実演をします。
それから、実際のたたら場「舟場山遺跡」見学説明のミニツアー。

当日はバザーなんかも開かれてにぎやかになる予定です。

都合山の保全作業

毎年、春には都合山の保全作業があります。
このところ、スケジュールが重なり出席できていなかったので、今日は参加させていただきました。
朝早く、車に刈払機を搭載して発進。
一路黒坂を目指します。
朝の澄んだ空気に気分は快適。
スマートなジャズを聴きながら山道を走ります。

駐車場にはすでに数台の車。
挨拶をして8人で遺跡を目指しました。
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都合山の草はまだ伸び始めで、草刈りもそんなに大変ではありません。
金池、通路、大鍛冶、高殿、胴場、次々と刈払って2時間ほどで作業は終了しました。

途中、山内集落の長屋があった跡を歩いてみます。
この外れにもう一つたたら跡があるとの情報を確認したかったのです。
いまのところ、明治の近藤家。江戸末期の西村家。そして室町の遺跡。の3か所が発掘されています。
第4の遺跡が見つかれば、また年代経過がはっきりしてきます。
そういえば、黒坂緒方家文書によれば江戸時代に緒方家が太田正蔵から都合山を買い取った記録があります。
そうすれば、鉄山師である緒方家の遺跡も当然あるはず。
都合山鉄穴を緒方家が買い取った記録もあります。
絶対に緒方家の遺跡もあるはず。
(ひょっとして、その上に近藤家や西村家が炉を作った可能性もありますが)
村の跡には瀬戸物のかけらや鍛冶滓などが落ちていて、山際には平坦地もいくつか造成されています。
うろうろしてみたのですが、藪が深く、結局村はずれの遺跡は確認できませんでした。

草を刈り取ってきれいになった都合山遺跡ですが、遺跡指定エリアを一歩外に出るとまだまだ草と謎は多いのです。


伯耆の玉鋼と因幡の刀匠が出会った

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今回作っていただいたのは、日本刀の中でも短刀と呼ばれる種類です。
ちょっと勉強してみました。

太刀や打太刀、脇差などはしのぎ造りが主流ですが、短刀は平造りが主流になります。
室町時代までは切りあいの兵器として使われたので反りがあったのですが、それ以降は戦術の変化とともに突くための武器となり、反りが浅くなっていったらしいです。

今回は平造りで反りの入った短刀ということになります。

砂から砂鉄を取り出して、それをたたらによって鉄にする。
鉄の中から玉鋼を選び出し、鍛える。
その玉鋼が刀鍛冶によって形を作られようやく刀になる。
途方もない手間をかけてやっと出来上がった一振りです。

近々手にすることになりますので、その時に改めて感想を報告したいと思います。

待望の~刀ができたとの連絡

日野町で作った鉄を使って刀を作るプロジェクトがひそかに進行しています。
前回は焼き入れが終わったところまでお話ししました。

そしてついに、研ぎが終わったとの連絡が大橋刀匠から入りました。

じゃーん!

日本刀にはあまり詳しくないのですが 
茎付近

刀6

刀身の中央部分

かたな7 

そして切っ先

刀8

刀5


こんな感じ

波紋も出ていて、おお、ついにできたか。という感じ
あとは茎の処理です。化粧やすりをかけて、目釘穴をあけて、銘を切ってなどの作業があるそうです。

まもなく引き渡してもらって実物と対面するのですが、刀匠の苦労やいかばかり。
そして、伯耆国たたら顕彰会の結成から16年目にしてやっと念願かないます。
鉄を作れる村下は立派なのですが、その鉄をどうしたらいいのか試行錯誤の日々。
あちこちに声をかけて、助言を求めたのですが、なかなか難しい。
半ばあきらめていたところで、思いがけず大橋刀匠に声をかけていただき、奥日野産の鉄は刀となりました。理想の展開です。

顕彰会の活動が結晶したという感じがしています(うるうる)(/ω\)


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