鉄穴採取場調の古文書
今日も今日とて古文書整理広い部屋に机を2つ。
先生と私と教育委員会氏
まるで居残りの勉強会です。
机の上には辞書と古文書の山
そして目の前に古文書のタイトル一覧
タイトルと古文書本体を照らし合わせ、リストに間違いがないことを確認してから、内容を読み込みます。
読み込むって言ったって、わけのわからない文字の羅列
すでに文字かどうかもわからないものもあったりして
で、出てきたのがこれ。
鉄穴採取場調

明治30年代の日野町上菅地区のものです。
鉄穴場とは砂鉄を取る場所。
都合山などは、場所が広いだけに、持ち主もずいぶん多いです。
そして、いつも一番に出てくる名前が近藤喜八郎
さすがです。
歩合割合は7割くらいあります。
各山の先頭が近藤喜八郎になっているのがわかるでしょうか。

砂鉄採取をするたびに地代を払うのでしょうからこれもずいぶんな実入りになるのでしょう。
持ち主には日野郡だけではなく備中の人の名前もちらほらあります。
都合山が、一時、千屋の太田正蔵の所有になっていたのもうなづけます。
たたらというのは、多くの人の利害が関与する巨大産業だったことがうかがえる文書でした。










