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2025年07月

明治の古文書調査にまたしても都合山の文字発見

鳥取県日野町では文化財保存活用計画が実施されています。

その一環として、季節君は日野町に残された古文書調査のお手伝いをしています。

今までもいろいろなたたらに関する文書が見つかりました。

きょうはどんなものがでてくるでしょうか。

ただし、今日は私の師匠に当たる県立公文書館の先生がお休みなのです。

私が一人で古文書を見てゆかなくてはなりません。読めない字や分からない習慣などを相談する相手がいません。そろそろ独り立ちせよと言われている気分です。

獅子は子を千尋の谷底に落とすといわれていますが、願わくば、落ちるのは道路の側溝くらいのところでご勘弁を願いたい。

 

今日の作業は明治10~30年ころの土地台帳のようです。

カルテの表題と古文書本人を照らし合わせながら、名前間違いによる医療ミスのないように、慎重に作業を進めます。

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黒坂地区の古文書なのですが、この時期の黒坂地区といえば、人向山とか菅福山とか、都合山とかといった大きなたたら場が操業しています。

都合山は、俵国一博士が調査し、「古来の砂鉄精錬法」の論文を出したり、角田博士が発掘調査した遺跡がそれにあたります。さらに、江戸末期から明治初めにかけて西村家がたたらを操業したらしいことが、我々の古文書調査でもたびたび見かけられています。

西村家の遺跡は現在発掘調査中なので、そういった文書が出たら要注意です。

 

そんなことをぼんやり考えていたら、あらあら、こんなものが。。。
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都合山だけではなく人向山の切り図も何枚かあります。


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切絵図ではどこのことかよくわかりません。

ジグソーパズルのように張り合わせてゆけばいいのでしょうか。

見逃したがした部分もあったかも?

頭を抱えていたら、今日の作業時間が終わってしまいました。

面白いことはあっという間に時間が過ぎて行ってしまいます。

臨時ニュース!都合山隣接遺跡発掘調査現地説明会

都合山には、明治時代に俵国一が調査し、角田博士が発掘調査したたたら遺跡があります。これは県指定遺跡になっているのですが、この近藤家の遺跡に隣接して、もっと古い時代の大きなたたら跡があることが一部の人には知られていてました。
そして、今年の春から都合山で再度発掘調査が行われていました。
その調査が一段落したため、日野町教育委員会では、現地説明会を開催することになりました。
季節君もやきもきしながらずいぶん待っていたのであります。
いろいろな古文書が指し示すのは、江戸時代末期から明治初めにかけての、月瀬村の西村家の動きです。
このブログでも何度か、発見した古文書を紹介したと思います。
人向き山には緒形家と近藤家の文字が出てきますが、都合山では西村家と近藤家の名前が出ます。
おそらく、この西村家の遺跡と見ていいんだろうなという感じがします。
大きさは明治30年頃の近藤家の高殿遺跡と同じくらい大きな遺跡だそうです。
現地説明会の日時は
令和7年8月17日13:00~13:20の受付
場所は滝山駐車場に集合しバスに乗り換えるそうです。
山中を歩くので足元はしっかり用意してきてください。

都合山内では携帯電話はつながりませんので、そのつもりでいてください。
これで、都合山の国指定史跡への道がまた一歩近づくと思います。
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