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2020年01月

フォーラム2020

fo-ram
恒例のたたらフォーラムを今年も開催できることになりました。
2月15日に日南町総合文化センターで行います。
場所は日南町役場とパセオに挟まれ、道の駅もあるという好条件の場所です。

基調講演は明珍敬三氏
昔から続く鍛冶氏の家系で、先祖は鎧を作っておられたそうです。
今に続く明珍家の歴史と、印賀鋼についてのお話を伺います。
アメリカで公演中だったのを、ご無理を申し上げ来ていただきます。

そして鳥谷智文先生。
新たに見つかった、たたらの古文書を分析して、日南町の昔の様子をお話しいただきます。

そして山脇幸人氏
倉吉周辺のたたらについて教えていただきます。

こんかいもあたらしいお話ばかりですので、皆さんおいでください。

今後のイベント関連の情報です。

1月26日16:30から日本海テレビで「古伯耆、神秘の日本刀」が放送されます。

日本海テレビ 大垣舞さんのブログに印賀鋼のことが載っていました。
 



2月1日に春日大社で鳥取県の日記念イベントがあります。

12時からと16:30から蟹汁のふるまいがあります。

キタ──ヽ('∀')ノ──!!

250食と報道がありますが、早い者勝ちになるでしょう。

ダッシュ!≡≡≡ヘ(*--)ノ 

13:00から鳥取県知事のご挨拶があります。
皆さんこぞってご参加ください。

さて、今度は右ホール。

「最古の日本刀の世界」

そのほとんどが春日大社の所蔵品で構成されています。

いきなり、両刃の直刀が展示されています。これは閻魔大王が持っていそうな剣です。

うーん、なんかこっちの展示は違うぞ。って思いながらガラスの向こうを見つめます。

その先は、ずらりと遺跡から発掘されたような剣が並んでいるのです。

錆びてぼろぼろになり、原形をとどめるのがやっとといった感じ。

反りのない直刀から始まり、毛抜形太刀が並びます。

握りの部分まで鉄で出来ていて、刃自体は直刀であるものの、握り部分が反っている。

ここから反りの歴史が始まり、安綱の時代に腰ぞりになり、そして中ぞりに変化していっただろうことが容易に想像できます。

拵えと呼ばれる鞘の部分もぼろぼろに朽ちていて歴史を感じさせます。

なかには、破損の恐れがあって鞘から抜けないものもあります。

これらがすべて国宝や重要文化財に指定されていて、春日大社の宝物のすごさを感じざるを得ません。

 

小烏造太刀

これが見たかったのです。

小烏と言えば、平家に伝わるという伝説の宝刀。桓武天皇のもとに烏が運んできたと伝わります。

実物は御物になっていて見ることはできませんが、月山貞一が小烏を写して作ったと言われているのがこの太刀。

峰両刃造りといって普通の日本刀のように片刃ではなく、両刃になっています。しかもそれでいて反りが入っている。剣から日本刀に変化してゆく過程だと考えられます。

 

その他にも多くの平安~鎌倉の太刀が並んでいますが、最後の方に三条宗近の作品がありました。細身で綺麗に湾曲していて、芸術品を見るようです。肌も細かく美しい。

一目ぼれしてしまいます。

武士の荒々しさより、公家の優美さを優先させたような造りは、いかにも京都の太刀といった育ちの良さを感じます。

 

そして有成の石切丸。有成は三条派の鍛冶と伝わりますが、腰ぞりと言い肌感といい、安綱派に近いものを感じました。これは季節君の勝手な感想です。

 

幸いにして、行く先々でお客様が空いていてしっかりと鑑賞することができた今回の安綱展。あまりに多くの名品を見過ぎて、消化不良を起こしそうです。

春日大社に行って以来、瞬間刀剣マニアと化している季節君ですがもう少しお付き合いください。

 

鬼切には棒樋が入っていましたが、徳川頼宣が紀州東照宮に奉納した重要文化財に指定されている銘安綱にも同じように棒樋が入っています。身幅は鬼切と同じくらい広い。そして茎深くまで樋は達し(掻き流し)、それを避けるように安綱の銘が目釘穴の後ろに刻まれています。

この刀はかなり重そうだから、強度を保ちながら軽量化を図るために樋を掻いたんじゃないだろうか、とは友人の談。

茎を見ると樋の中までしっかりと錆びていますが、目釘穴は2つあり、改造されていることを物語っています。いろいろ推測をして悩ましいところではあります。

樋を入れるようになったのはいつの時代からか、季節君は知りません。しかし、当時の安綱は色々と工夫しながら刀を作ったのだろうと感じられます。

 

数年前、九州の島津家から文化庁が7500万円くらいで買い上げた安綱もありました。鬼切より若干細身ですが、波紋はやはり小乱れで地鉄は黒いですな。

 

安綱の展示は7振りありますがどれも腰ぞりが強く黒みがかった地鉄、時代を感じさせるものです。

 

次に出てきた国宝安家の刃文は小乱れに丁子がまじり、金筋が入るという安綱とは全く違った華やかな刃文となっています。

 

真守も3振り展示されています。3振りそれぞれに古伯耆を感じさせる姿ではありますが、刃文はそれぞれに異なり、銘も「伯耆国大原真守」「真守造」「真守」と異なっています。

ここでちょっと考えたのですが、日本刀黎明期の刀工として研究者は三条小鍛冶宗近備前国友成伯耆国安綱を挙げます。備前友成は数代続いたと考えられていますので、真守も数代続いたのではないでしょうか。

真守の太刀はそれぞれ作風や銘が違う上に、鳥取県では真守屋敷という地名が倉吉、日下、八郷にあります。備前友成と同時代の安綱や真守も数代続いた可能性を感じます。

 

また源平盛衰記には、平忠盛の佩刀に抜丸という名刀があります。現在は所在不明となっていますが、太刀に抜丸と書かれているわけではないので、ひょっとしたらこの展示品が抜丸である可能性もない訳ではありません。そんなことを考えてしまいました。

 

他に安綱一門の太刀は有綱が三振り、国宗、真行、貞綱、無名の古伯耆が展示されています。真行はちょっと細身、とてもすべやかな地鉄が優美で美しいのが印象的でした。

こんなきれいな太刀を季節君も床の間に飾ってみたい。

しかし、我が家にこんなものがあると、危なくて夫婦げんかもできなくなりそうです。

 

今回の展示品は1000年近い時を経た骨董品です。由来も不明な点が多くなっています。

何せ、安綱自身が正体不明なのですから。

このような名刀が鳥取県の砂鉄から作られたのだということが、信じられない思いです。

 

今回の古伯耆展時のすばらしさをすこしでも感じていただけましたでしょうか。ただし、鬼切や紀州東照宮の安綱は期間限定の展示です。

正直なところ、その名前に圧倒されてしまった季節君ですが、気を取り直して左のホールに行ってみることにしました。

展示ホールは白を基調とした部屋で、両面ガラス張り。その中にずらりと日本刀が並んでいます。

そして意外にも人が少ない。

まず正面にあったガラスケースには、おととし発見されて話題になった春日大社の古伯耆刀。

これは、確か米子市美術館でも出会った刀です。

「ひさしぶりだね、元気だった」

挨拶をして交わす目と目。

季節君は刀については全くの素人なので、どしろうとのたわごとだと思ってください。

(写真撮影は禁止なので、絵はありません)

身幅は広く、古伯耆独特の強い腰ぞり。目釘穴が二つなのは長さを使いやすいように加工されたものでしょうか。すると、茎(なかご グリップの部分)も切り詰められている可能性もありそうです。

 

その隣はご存知国宝 童子切


キタ──ヽ('∀')ノ──!!


銘安綱の伝説の宝刀。ここでは語り切れないほど由緒のある、国宝第1号になった日本最高峰の太刀であります。

これが伯耆で作られたのだと思うと鳥肌が立ってしまいました。源頼光、豊臣秀吉、徳川家康、秀忠、備前松平、津山松平家などに伝承されたという宝刀。あまりの尊さに、誰も手を加えることができず、産ぶなままです(誰も加工していない)

室町のころには酒呑童子を退治したという物語が絵巻になって成立しています。

深い色合いの地金にざらりとした肌をしていて、思わず手を出したくなります。この腰ぞりの強さは安綱一門の特徴なのでしょう。表から裏までじっくりと鑑賞することができました。

 

ここで気付いたのですが、童子切には10人ほど並んでますが、その後ろに長い行列。

はて?

そこには 薄緑 や 鬼切丸 が陳列されているのでした。


ヽ(゚∀゚)ノ うぇ──────ぃ♪

なんとも豪華な顔合わせではないですか。

童子切と鬼切という安綱が鍛えた兄弟刀。

平家物語では髭切(鬼切)と膝丸(薄緑)が兄弟刀と書かれています。

1000年の時を隔てて、こんな名刀が並ぶなどということがいまだかつてあったでありましたでしょうか。

季節君は感動で目がウルウルしています。

 
(。ノ_・。)ウッ・・


平家物語によると、多田満仲が鎮西府将軍になったときにひとりの刀鍛冶に太刀を作らせます。それが髭切と膝丸だったとか。

髭切はその後、源頼光に与えられますが、京都一条戻橋で茨城童子という鬼を斬ったことから鬼切と名を改めます。そして北条氏や新田義貞の手を経て、斯波氏はこの名刀を足利尊氏に献上するのを嫌がり、一族の運命を賭けて戦までしたといいます。現在は北野天満宮に保存されています。

 

膝丸は蜘蛛切や吠え丸、薄緑と名を替えながら源氏の宝刀として受け継がれます。薄緑と呼ばれる刀は日本にいくつかあるのですが、現在は箱根神社にあるのが膝丸候補として最有力となっています。

薄緑は少し細身ですがやはり腰ぞり感が安綱の時代を感じさせます。

地金も深い色合いで「鍛えは板目肌立ち地景入る」感じが安綱の時代に共通でしょうか。(知ったかぶりです)

 

鬼切はと言うと、ずいぶんごつい感じ。反りも強く、肌の感じが荒れて見えます。やはり貴族が持つというより武士が実戦用に配備しそうな感じ。

これなら鬼の腕を切り落とすことも出来たでしょう。

棒樋が綺麗に入っていて、それが茎に達しています。茎では樋の中までしっかり錆が来ているので、製作当時から樋が入っていたのかしら。銘も樋を避けるように目釘穴より下にあります。しかし、銘が薄くて読めない。

この銘については諸説あり、はっきりしないのです。

 

地肌や映りなどを見ようと目を皿のようにしていたら、目がチカチカし始めました。

しかし、ここまでは展示されている中でも、ほんの数本。

まだまだすごい刀がずらりと並んでいるのです。

 

隣の女の子は

「これって鬼切じゃん。髭切はどこかしら?」

もしもし、鬼きりと髭切は同じ太刀なんですけれど。

刀剣女子にも上級者から初心者までいろいろありそうです。

 

老夫婦が小声で話し合っています。

「これっておいくらかしら」

「でも、これを買ってもセキュリティーとかがやっかいだよ。どこに置くの」

「そうよね」

おいおい、まさかてめえ達は本気で古伯耆刀を買おうってんじゃないだろうな。

 

俺だって言ってみたいよ。

俺「良さそうなのを二~三本みつくろって、包んでくださる?」

店員「お車までお持ちしましょうか」

俺「じゃ、おねがい」

なんてね。

 ルン♪ o(≧▽≦)o 

 

 

 

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