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2017年12月

太平記の内容をおさらいしています。

平家物語で髭切・膝丸だった話が太平記では鬼切・鬼丸となって話が展開しています。

平家物語では刀工が『筑前国三笠郡土山の異国からの細工士』となっておりはっきりしませんが、太平記では伯耆国会見郡大原五郎太夫安綱・奥州宮城郡の三の真国とはっきり名前が出ています。

そして、現代に残る、この鬼切には安綱の銘が入っています。(国綱と改名された銘が残っています。安土桃山時代に銘安綱としては童子切安綱のほうが名声を浴びていて、これに負けたと思った持ち主が鬼切安綱を鬼丸国綱とすり替えようとしたという見方があります。

 

したがって太平記に出てくる鬼切は、大原安綱作であるとの太平記の裏付けもあり、現物に『安綱』銘も入っているので大原安綱作に間違いないでしょう。

 

また、平家物語では、渡辺綱が髭切を使って一条戻橋の帰りに鬼の腕を切ったと書いてあるので、話の内容が一致し、太平記の鬼切と平家物語の髭切は同一であることがわかります。

以上の結果からすると、髭切=鬼切→安綱作。

 

ところが、平家物語では『筑前国三笠郡土山の異国からの細工士』の作となっているので、

筑前国三笠郡土山の異国からの細工士』=大原安綱となります。

ならば鬼丸も=大原安綱作となってしまいます。

 

答えはいくつか考えられます。

    平家物語では一人が二つの刀を作ったとなっているが、膝丸は安綱作ではなく別の人が作っていた。

    平家物語の言う通り、髭切も膝丸も安綱が作ったが(ここで膝丸=童子切説が生まれる)太平記の鬼丸は平家物語に出てくる膝丸を指していなくて、ほかの人が作った刀のことを指している(粟田口国綱の鬼丸)← すると太平記に書かれている鬼丸の作者とされる奥州宮城郡の三の真国はどこに行ったのでしょう。


やっぱり季節君の頭では、謎は解明されません。

 

どちらにせよ、話がややこしくなる背景には、当時の権力者が持っていた刀を称賛して、おべんちゃらしようとした人たちがいると季節君は見ています。


( ..)φメモメモ

あいかわらず、安綱の迷路に迷い込んでいる季節君です。
みなさんには興味ないかもしれませんが、季節君の備忘記録として書いてます。
しばらく、お見逃しください。

平家物語では、『髭切』はどうなっているのか調べています。
満仲が作らせた→頼光→頼基→河内義朝→頼義→義家→為義→義朝→頼朝
源氏重代の宝刀というのがよくわかります。
この間に、髭切→獅子の子→友切→髭切→のちの世に鬼切
と、名が変わるようでもあります。

相棒の膝丸は

満仲が作らせた→頼光→頼基→河内義朝→頼義→義家→為義→教真別当→熊野権現→義経

そのあいだに膝丸→蜘蛛切→吠丸→薄緑となります。

これが童子切になったのか?と思ったりします。

ちなみに童子切伝説が生まれたのは、豊臣秀吉が本阿弥光徳にこの刀を預けたとき作られたとする説があります。
どちらにせよ、頼光が持っていた時代には童子切とは呼ばれていなかったと思うのです。

昔の人がいろんな話を作ったので、季節君は迷路から抜け出せなくなっております。

(。ノ_・。)ウッ・・



えらいニュースがとびこんできました。

童子切を複製しちゃうのだそうです。

『童子切 複製』
で検索すると沢山ニュースが出てきます。


さらにすごいのが、使われた鉄は、日野町の鉄だというのです。

日本刀鑑定必携にも、なぜ日本刀の始祖ともいわれる安綱が、このような田舎から出たのか。それはこの地が鋼の産地だったからと書いています。


本日、日野町のたたらの里実行委員会が開かれ、大山開山1300年祭の委員の方からお話を伺いました。来年春には刀を奉納できそうだとのことです。どこまで本物に近づけるのでしょうか。

日野町でも、上菅が安綱伝承の地であり、ほかには日南町、伯耆町、日下、小鴨が伝承の地であります。
来年の1300年祭ではこの地が一同に会して連携を図れないかとの意見も出ています。
伯耆が島根県だなどという刀剣解説もあり驚きますが、情報が正しく伝わればそのうち
出雲。石見→島根。 伯耆。因幡→鳥取県 と正しくなるでしょう。
イベントや、刀剣展示会、童子切奉納など今後の展開がどうなるか楽しみ。♥

続群書類従という古文書から、大原一門の系図を調べています。

安綱の本名は大原五郎太夫と言います。太平記にもそう書いてあります。大同(806年?)の人。
その子眞守の本名は大原太郎太夫。
眞守の嫡男は眞綱。
眞綱の弟子に爲清という人がおり、この人の本名は横瀬三郎太夫と書いてあります。

オオーw(*゚o゚*)w

と思った人は素晴らしい!

そう、日本刀工辞典などでは安綱の本名は横瀬三郎太夫となっているのです。
つまり、安綱は数代あったという説はここでも確認されます。

眞守も数代続いたというので、これもどの刀がどの真守なのか不詳。
さらに、深みにはまる季節君でした。

.。o○

宮市といえば下原重仲の故郷ですよね。

そこで、下原重仲についてのお話をすることになりました。
車で宮市に向かいながら、もう季節君は緊張しています。
なんせ、下原重仲の地元なのですから。

地元の人たちが暖かく迎え入れてくっださって、なごやかに一時間ほど話をしました。
そして講演が終わってからも、次々と質問が続いて、皆さん熱心に聴講してくださいました。

質問を聞いて思ったのは、意外と地元では下原重仲については知られていないこと。
地元の大事な歴史ですので、皆さんで知っていただいて後世に伝えていただきたいと思います。
偉そうに書きましたが、そのために季節君たちもお力添えをできたらと思っています。

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