いよいよ平成の鞴祭り
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MCの女性も参加し、詳しく打ち合わせします。
これから数日間は、準備、片付けに大忙しとなりそうです。
当日はラヂオ局がブースを設け臨時に開局します。
ツアーに参加取材してテレビ局もやってきます。
かなり大掛かりな仕掛けになりますが、みなさんおたのしみに。
11月3日
10:20から古式ゆかしく神事を開催し、いよいよイベントがスタートします。
鳥取県日野郡は民間のイベントが多い土地柄です。 今年はそのイベントを集約してみようというおはなし
私たち伯耆国たたら顕彰会もその主要メンバーとして一翼を担って、、、 イベントをさせていただきます。
今回企画されている(10/25~11/30)1か月間で50以上のイベント
(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-
じつは季節君も気になるイベントがいくつかあります。 参加したいと思うので、スケジュールを調整しなくてはなりません。
こう見えても(どう見えてんだか?) 季節君もいろいろと、それなりに忙しいのです。
日野軍秋の陣の詳細はこちらを見てくださいませ ↓
http://www.pref.tottori.lg.jp/akino-jin/
http://www.pref.tottori.lg.jp/akino-jin
(*゚▽゚)ノ
櫻井御当主のお話しでは、比田の金屋子神社の大鳥居は櫻井家と近藤家の寄進だそうです。
どちらも富豪なので鳥居の寄付は苦もないのでしょうが、両家のつながりを大事にしてのことでしょう。
雨が激しいので見学も早々に終え、資料館へ。
櫻井さんは鉄砲の素材鋼を作っていたそうで、羊羹のように練り上げられた錬鉄の延べ棒がありました。
櫻井家は武士の出だと言うことは有名ですが、ご先祖は大阪夏の陣で戦死されたそうです。
刀や鎧兜の数々を見ると、本当にこれで戦をしていたのだと思い知らされ、恐ろしいです。
いろいろ勉強させていただき、角炉伝承館にも行くようにご指示を受け帰路につきます。
角炉伝承館では実際に使われていた水車ふいごや角炉の仕組みを詳しく解説していました。
なるほど、また見識を深めてしまいました。
角炉ではこんなコンパクトな設備で銑鉄を生産していたのですね。
巨大な洋鉄炉とは比べ物になりません。
したがって生産量でもかなわなかったのでしょうね。
みんなで昼食をとりながら、今回の視察はとても良かったねと話し合いました。
また、折を見て見学をしようと思います。
\(*^▽^*)ノ ハーーイ
櫻井家に行きました。
2年前に櫻井家に行ったときには大雪に閉ざされていました。
そこで、性懲りもなく、こんどは根雨楽舎のスタッフで研修をかねて行ってみることにしました。
ところが集合の朝、こんどは台風に見舞われてしまいました。
そんなこんなで6人での珍道中の始まりです。
まずは吉鑪から阿毘縁の木下家前を通過して、羽内谷の鉄穴流しを見に行きます。その後、日刀保の工場前を通過。
絵に描いたような鑪関連施設の連続です。
そして大雨の中を櫻井家に到着。
長ーい塀のある大きなお屋敷です。
櫻井家では、ちょっと縁あって御当主と面会。いろいろと話し込んでしまいました。
御当主は寒い中を矍鑠としておいででした。
そして、庭を拝見。
すごい庭ですね。
池に落ちる滝の高いこと。
この屋敷と裏山にそびえる金屋子神社は国指定重要文化財だそうです。
こんなところでのんびりと暮らしたいな。
でも、来館者が多くてのんびりできないかも。
(旅は続きます)
同行した著名な考古学の先生はとっとと山の上に上がってしまいます。
そんなところには何もないのに、遠くから全景を見たいのでしょうね。
やはり、専門家は考えることが違います。
先生のことはおいといて一生懸命写真撮影をしていると、
きせつくん!!ここ、ここ
と先生の大きな声が聞こえます。
え~そこまで登るんですか。心臓がパンクしそうだし。
それでも、大先生のおっしゃることには逆らえず、えっちらこっちら上ります。
先生が見つめている足元を見ると、おおきなカナクソの塊が埋まっています。
「これは、大鍛冶の椀型鍛冶滓です。これはまだ生きているので、ここには大鍛冶場があったのでしょうね。」
先生の説明では、酸化して焼け爛れた茶色は鍛冶滓に多く見られ、火窪の中に落ちた酸化物が再結合してこれだけ大きくなったのです。
精錬滓はもっと青みが勝っています。
へ~って季節君は感心します。さすがに大先生です。
これも撮影し埋め戻していると
季節君!!
とまたしてもスクランブル。
今度は谷底からです。
いつの間にそこに移動したのでしょう。
神出鬼没です。
声の大きさと緊張度からレッドゾーンですね。
変身!とぉー
と仮面ライダーのように飛び降りてゆきます。
ダッシュ!-=≡ヘ(* - -)ノ
谷底で先生が見ておられたのはこんなものでした。
羽口と椀型滓。
さっきの山の上にあった大鍛冶で、ふいごから火窪に送風していた送風管です。
山の崩壊にともない上から落ちてきたようです。
椀型滓がいくつか見られるので、大鍛冶はかなりの規模であったことが連想されます。
ここで遺物を探していると、いつの間にか先生はその先の倉庫に向かっておられて、
季節君!
はいはい、わかりましたよ
『この倉庫は屋根が木で葺いてあるので古いですよ。
(その上にトタンが引いてあります)
たぶん元小屋かなにかの建物だったのでしょうね。』
ええっ!
流石に大先生は見るところが違うなって心の底から感心してしまいました。
(゚ー゚)(。_。)(゚-゚)(。_。)ウンウン
この遺跡の場所は故あってまだ内緒です。
(おしまい)