アーカイブ

2012年09月

カテゴリ:

中国山地たたらサミット実行委員会の第1回会合が開かれました。


鳥取県、鳥取県教育委員会、日南町、日野町、江府町、伯耆町、大宮まちづくり協議会、里山元気塾、日南町商工会、日野町商工会、伯耆国たたら顕彰会から代表が集まり2時間の会議をいたしました。


 


大まかなスケジュールとしては


12月8日にはレセプション。来賓の先生がたや各県の代表者の方と懇談会、内覧会、視察などを予定しています。


 


12月9日は一般からのお客様を受け入れて公開します。展示ブースなども用意します。


9日午前中は各県の事例発表など専門的な発表を集中して行います。


 


9日午後からはたたらの解説講演や、今後の活用方法などをパネルディスカッションで話し合います。そしてなんといっても東京大学副学長、世界遺産の権威 西村幸夫先生がたたらの歴史と遺跡についてその価値と活用方法についてお話になります。西村先生はたたらがご専門でないだけに一般的な見地から見た たたらの遺産の価値というものについてどう考えておられるか大いに気になるところです。


会場は500人収容の鳥取県日南町文化ホールです。


一般のお客様の昼食や宿泊も斡旋しないといけないなって、いろいろ準備に終われる毎日となりそうです。


 


カテゴリ:

伯耆国たたら顕彰会にはバーベQ 大好き人間がそろっています。


ですから、何かと言い訳を作ってはばーべQをします。


河原でやったり、出店近藤のお屋敷の庭、舟場の豪農のお屋敷のお庭(有名な宮大工の手がけたお屋敷で、近々に国登録文化財になると言ううわさもあり、すでに学術調査も行われています)などでやってきたのですが、本日は近藤本家さんのお庭で園遊会をすることになっています。


夕方、高殿模型の修復作業をする現場には早くも焼酎やお酒が持ち込まれました。


そして徐々に高殿模型修復作業をする人の数が減ってゆきます。


皆さんすでにばーべQ 現場の設営に向かわれたようです。


季節君も気もそぞろ。。。。。


『ぢゃ、修復作業はこれくらいにして、近藤家に行きましょうか。』お気楽な季節君は、勝手に作業終了を宣言し、ばーべQ に行くことにしました。


日野川産天然鮎の捕獲を頼まれてしまった季節君はこの日のために、鮎をそろえておいたのでした。


 


日野川上流のアユはとっても美味しくって高価なんですよ♪


会場に着くと、すでに皆さんお集まりで、縁台やテントも持ち出され、グリルやテーブルも完備!後は飲むだけとなっていました。


おおつ!あちらにおいでなのは、小説TATARAの作者 松本薫先生ではないですか。こちらもお酒の席がお好きなので、うわさを聞いてわざわざおいでになったようです。


 


お庭には水舟がありました。裏山の洞穴から湧き出した地下水を引いてあるのだそうです。


個人のうちにこんな贅沢が許されるのでしょうか。


このまま、ウイスキーの水割りのできるとても冷たいきれいな湧き水でした。なんともうらやましい限りです。


そんなこんなで夜遅くまで、たたら談義に花の咲いた園遊会でした。


近藤家様、どうもありがとうございました。


 


  


カテゴリ:

今日野町では、出店近藤家の復元作業の真っ最中です。


そして、都合山高殿模型も修復の真っ最中です。


みんな集まって、柱の修復を行っています。経年の痛みや虫食いによってぼろぼろになった柱にパテを入れて穴埋めをします。そして、サンドペーパーで磨き、またパテを入れます。気の遠くなるような作業です。


修復の不可能な小さな柱は、庭から木の枝を集めてきて、皮をはぎ乾燥させます。


本当に完全手作業で修復をしています。


こんなので冬までに完成するんだろうかと不安になりながら、それでも少しずつ作業を進めています。


今日は、倉吉からお客様がおいでになりました。


おおつ!倉吉といえば、高殿模型を寄付していただいた斎江家のあるところです。


たたらというより、鋳物師で栄えた町です。


千歯こきで有名ですね。


お客様は土人形に興味がおありだとか。そういえばこの模型の中の人形はいたんではいますがかなりの力作です。私たちはまったくの素人なので、修復方法などいろいろ教えていただきたいと思いました。


 


このところ毎週、日曜の午後1時~3時には季節君も出かけて、作業を手伝っています。


お暇な方は見にいらっしゃってください。


 


さて、作業も一段落したところで、本日は たたら顕彰会恒例ばーべQ 大会をすることになっています。


みんなではしゃぎながら会場を移動しました。


続きます。


カテゴリ:

とっとりNOWという情報誌があります。


 



最新号はこんなです。


表紙をわが伯耆国たたら顕彰会のスタッフが描いたことがたびたびあり、私たちにも馴染み深い情報誌であります。


この鳥取NOWから日野町に取材依頼がありました。


なんと、 『ねうぶら』 (ギンブラにあやかって根雨の町を散策することをこう呼びます)を掲載してくださるそうなのです。


こういった情報誌の影響というのは大きくて、いっきに観光客が増える現象が起こります。


そうしたわけで、根雨の町とたたらのガイドとして、どちらも中途半端にこなす(←ここ大事です) 季節君にお呼びが掛かったのでした。


日野町役場の前で待ち合わせ、延暦寺、出雲街道筋、根雨神社、祗園橋、公会堂、近藤家、高殿模型修復現場をご案内いたしました(以前のブログ記事で各地は紹介説明しておりますのでご参照ください)。


くらくらするような暑い中、取材スタッフの皆さんは熱心に聞いてくださいました。


残念なのは、たたらの楽校がただいま復元工事中なのでご案内することができなかったことです。


新装オープンは来年春にずれ込みそうな予感です。それまでに高殿模型の修復も終わり、万全の体制を作りたいと思っています。


よりパワーアップしてオープンするまでしばらくお待ちください。


鳥取NOWは非常にきれいな写真を豊富に使う雑誌なので、どんな記事になるか今から楽しみです。


そういえば、NOWとNEWとNEUってよく似たつづりですよね。関係ないか。。。。。


カテゴリ:

中国山地たたらサミットに参加いただくために、伯耆の国たたら顕彰会の事務局が宍粟市に行きました。宍粟といえば千種鋼の産地です。


丁寧に対応いただいたようで事務局も大変喜んでおりました


 


写真を見せていただいたところ、聞きしに勝る立派な遺跡に驚きです。


季節君も、近いうちにぜひ一度行ってみたいと思いましたね。


 


私が本で読んだあいまいな記憶ですが、日本書紀などによれば、西暦560年頃大伴狭手彦が朝鮮に出兵し金屋と呼ばれる人物を連れ帰った。その人を近江に住まわせ、その後千草に移住。そして島根県比田に迎えたとあります。これがまさしく金屋子伝説と重なるのです。


したがって千草は日本でも一番古い頃に製鉄が行われていた可能性が高いです。


 


そして備前長船で刀が大量生産されるようになると、その鋼の生産地として繁栄しました。


その後、江戸時代には天領となりたたら場の造営が難しくなります。したがって、ひとつのたたら場を大事に守って代々、あるいは経営者を換えてたたらを続けて行ったようです。


 


奥日野のようにたたら場の建設が自由に行われ、小鉄7里に炭3里といわれるように、現地生産方式で転々とたたら場が移動を繰り返していったのとは対照的です。


 


また、島根県では、松江藩のバックアップのもと、鉄山師を限定していたと聞きます。


 


こうして考えると、たたらの歴史についても各地でそれぞれに特色があります。


こんどのサミットではそれぞれの地域の特色などをいろいろ伺ってみたいと思います。


各地の皆様、ご協力をお願いいたします。


このページのトップヘ

見出し画像
×