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2011年04月

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 平安時代の伯耆の国はたたら製鉄による刀剣の一大産地でした


伯耆の刀剣を代表する童子切安綱は国宝でもあり日本刀剣の世界ではあまりに有名ですが、実は童子切安綱は双剣でした。古文書によれば安綱のところに刀製作の依頼に来たのは源満仲というお話しと源頼光というお話しがあります。源満仲といえば源頼光の父ですが、依頼に来れば受け取りにも来なければならないので、2人とも来たのかもしれません。あるいは依頼主はおとっつあんで受け取り人は息子がパシリに使われたのかもしれません。


そして依頼を受けた安綱は太刀の製作を始めたのでありました。日本刀は焼入れに失敗することを考えて同時に2本作られることがあるのですが、実はこのとき童子切安綱も2本作られていたのでした w(°0°)w オォー。


それではもう1本の安綱はどこに行ったのか。それは源頼光の4天王の一人、渡辺の綱が持っていたのでした。酒呑童子討伐にも参加した渡辺綱でしたが、こんなお話がございます。


 


平安時代には百鬼夜行と申しまして、京の都には夜になると多くの鬼が出ていました。


急ぎの呼び出しですっかり帰りが遅くなった渡辺の綱は暗い夜道に一条戻り橋のたもとまでやってまいりました。そこには若い娘がうずくまっております。『これこれ、このような夜更けに娘ひとりでどうしたことか』と渡辺の綱が声をかけますと、『急におなかが痛くなって困っております』と娘が答えます。


気のいい渡辺の綱は(すけべ心では有りません。たぶんね) 『それは難儀じゃ、うちまで送ってゆこう』と、馬に乗せます。


しばらく娘を乗せて馬を歩かせていましたが、ふっとただならぬ気配を感じて振り返ると娘はなんと鬼にかわっており渡辺の綱の髪をつかみました。渡辺の綱は腰の太刀を抜き、はっしとその鬼の腕を切り落とします。鬼は悲鳴を上げて逃げ去ってしまいました。渡辺の綱はその鬼の腕を家まで持ち帰りましたが、その夜、母に化けた鬼がやってきて言葉巧みに家人をだまし腕を取り返したというお話。


その鬼は茨城童子といい、酒呑童子の子分で敵討ちに来たのであろうとのことでした。


そのお話から渡辺綱が持っていた太刀は鬼切安綱と呼ばれ童子切と並んで源氏の宝刀となりました。


鎌倉幕府が倒されたとき、童子切は北朝側の足利尊氏の手に渡りましたが、鬼切は南朝側の新田義貞に渡ったのだそうです。


この鬼切安綱もまた実在しておりまして、現在は重要文化財となって北野天満宮に祭られております。


めでたしめでたし (゚ー゚)(。_。)ウンウン


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伯耆の国たたら顕彰会では、多くの方に会員になっていただいています。そこで一度会報を作って会員の皆様に事業報告をしようと思っていました。


しかし、やってみたいことがあまりに多すぎて、役員のみんなで仕事の合間に手分けしながらの運営では思うにまかせない状態でありました。


役員さんやお世話になった方々に原稿をお願いし (これがなかなか集まらないんだ (>_<。) )  


小説の読者の方から寄せられた文章を配置したりして苦心惨憺の日々でした。


それでも年末から何とかがんばってやっと会報の原稿が出来上がりました。



今回は私たちの活動のひとつの大きな目的であった『たたらの歴史を物語にして残そう』という思いをこめて小説TATARAの特集号にしました。


小説は時間を越えて、地域を越えて広がってゆきます。これから小説TATARAは数十年を超えて読み続けられてゆくことでしょう。昨年の春、 「もし、大赤字を出したらどうしよう」と皆で悩みながら出版を決意した日。ポイント オブ ノーリターン であったあの日の決断を今となっては誇らしく思い出します。それから何回も会合を重ね、予約販売に走り回り、梱包発送に、フォーラムにと悪戦苦闘した日々が懐かしいです。


そうした思いをこめて今回の会報は 『伯耆国たたら通信 VOL.1』 として会員になっていただいている皆様にお送りいたしました (伯耆国たたら通信というネーミングは 某役員さんが付けてくださいました。大変よいネーミングだと思っています。d(>_・ )グッ!  )


さらに数に限りはありますが日野町、日南町の皆様にもお配りいたします。これからも活動を続け、会報もできるだけ多く発行したいと思いますのでご支援をお願いいたします。


 


というわけですので、役員の皆さん。がんばって原稿を書いてくださいね。


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昨年まで行われていたたたら跡の発掘調査は、明治時代の俵国一博士の調査を追跡する形で都合山と砺波で行われたことは前回書きました。したがって調査報告書は都合山と砺波それぞれ書かれています。そしてこのたび都合山の説明書に続いて『砥波炉の研究』と言う本が完成しました。


(*゚▽゚)/゚・:*【祝】*:・゚\(゚▽゚*)


これで姉妹本は完成したことになります。



都合山はその所在がわかりやすかったのにくらべ、砥波は周辺にあちこちたたら場があったためその所在が不明でした。したがって角田先生はどこにあるのかの調査から始められ、発掘調査は困難を極めました。この発掘調査は有力視されていた安江門谷とクタガネ両方で行われ、結果として帝国製鉄跡をさらに重機で掘り下げるということによってやっと発見されました。


この砥波炉は俵博士により鉧押の代表例として取り上げられていますが、今回さらに角田先生により帝国製鉄時代の資料も添付されています。昔の航空写真や図面など興味深い資料も多く掲載されていて地元の歴史研究家あるいはたたらの歴史研究に興味のある方は必見です。今回は都合山編より若干お安くなっていて1400円。やはり鳥取県文化財保存協会の発行で、根雨と日南のたたらの楽校で販売しています。


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本日はある筋に義理があって宣伝活動をします。どうぞ最後までお付き合いください。


昨年まで奥日野のたたら遺跡の発掘調査が行われてきました。もちろん都合山砺波のことであります。それがひとつのきっかけでわれわれ伯耆の国たたら顕彰会が活動を始めたわけでもあります。その調査報告書が『都合山炉の研究』という本になっています。それで昨日、偉い方から『季節君に指令である。この本をさっさと販売して欲しい。なお売れ残ったら容赦はしないからね』というきつ~いお達しがあったのであります。



都合山といえば、明治時代に東京帝国大学の俵国一博士が、当時洋鉄に押されて衰退していた倭鉄生産をこのままなくなってしまう前に資料に残さなければいかんな。と調査されています。科学者の調査資料の残った数少ないたたら場なので、再調査して現代の科学でさらに分析してみたい。ということになったのです。


調査されたのは角田先生。江戸時代からのたたらを踏襲し山内全体が良好に保存されている。そしてかつてあった日野郡のたたら製鉄の実態をよく示している。とおっしゃっています。


本の発行元は鳥取県文化財保存協会です。たぶんこの本を売ってそのお金で次の調査をなさるんだと思います。絶対季節君のようにこの売り上げで一杯やろうなどとは思ってはいらっしゃらないでしょう。だから安心して買ってあげてください。1500円だったと思います。カラー写真や図面も豊富にあります。一家に一冊、家内安全商売繁盛のご利益ももれなく付いてきます。日野町と日南町のたたらの楽校で販売しております。だから買ってあげてください。おねがいします。


それから、4月になってたたらの楽校根雨楽舎開館しています。冬の間は寒さのあまりスタッフがみんな冬眠していました.。o○毎週土日。祝日はオープンします。時間は午前10時~午後4時です。団体さんやガイド希望の方は日野町商工会に予約してください。運がよければ予約がなくてもガイドがいます。ガイドは今年も無料ですヽ(^◇^*)/ ワーイ


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東京のアニメ制作会社 株式会社スタジオ=ディーンの社長さん、プロデューサーさんとお会いしました。http://www.deen.co.jp/


皆さんご存知のTVや映画のアニメをたくさん作っている有名な会社です。こんなかわいいパンフレットを頂きました。



わがたたら顕彰会が作ったたたら製鉄のお話『鉄之進の物語』をアニメにしようと言うお話が昨年持ち上がり、その試写会においでになったのでした。


実はスタジオ=ディーンの社長さんはこの奥日野の出身です。そして鉄之進の物語の作者は同級生。そこで一肌脱いでやろうと言う暖かいお話でありました。


たたら製鉄は一般の人には受けにくいジャンルなのでどうすれば皆さんに関心を持っていただけるのかが苦心するところです。小説TATARAにしてみたり、歴史解説のお話にしたり、アニメにしたりいろいろ手法を検討中です。


鉄之進の物語は、砂鉄から酸化還元反応を用いてハガネをつくり、それを鍛えて日本刀にしてゆくと言う工程をわかりやすく、鉄之進(鉄の芯かな?)とイッサンカタンゾー(一酸化炭素のこと)さんそちゃん(酸素)の登場する物語としてアニメ化したものです。


名刀になった鉄之進 というタイトルで5分少々のちょっとしたフォーラムや資料館で放映できるサイズです。これから、声優さんやBGMを入れて5月中には完成できるかな?という感じです。


鳥取県は今年漫画サミットを開催しますし、これからいろいろなところで使っていただこうと思っています。


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