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2010年11月

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11月21日の日本海新聞『読書』のコーナーに 小説 TATARA の書評が出ていました。かなり大きく出ているのでご覧になった方も多いと思います。
妻がそれを読んで「やだーぜんぶかいてるしぃ」と大騒ぎしてました。
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じつは彼女は遅ればせながらようやくこの小説を読み始めたところなのです。
まだ前半で、思うようにならない淡い恋にはらはらしながら読んでいたのでした。
新聞には あらすじが書かれていたためびっくりしたようです。そうなんです。この小説はどんでん返しの連続なのです。あまり書いてしまうと私も妻からどんな攻撃を受けるかわかったものでは有りません。あすは日野病院の外科はお休みなので怪我には気をつけないといけません。おとなしくしていることです。(笑)
冗談はこれくらいにして。。
他の新聞社各誌からも好評の記載が見られます。
毎日新聞
読売新聞
産経新聞
天下のNHK
山陰中央新報も大事に取っておいたのですが妻が大根を包んでどこかに持っていってしまいました(笑)
そして本の売れ行きも好調で今井書店分も含め在庫も残りわずかとなってしまいました。
フォーラムでもわずかながら本の販売をいたします。

11月23日は午後1:30から日野町文化ホールで出版記念フォーラムが行われます。
著者の松本薫さんをお呼びして講談。これが私もめっちゃ楽しみなのです。
そして日本のたたら歴史研究の第1人者の景山猛先生のご講演。めったに聞けませんよ!

地元日南町、日野町の知識人によるたたらに関するディスカッションも見ものです。
最後に松本薫先生のサイン会。お宅にお持ちのTATARAの本を持ってきてください。サインしていただけます。著者のサイン入りの初版本。きっとプレミアものになるはずです。ならなくっても季節君は関知しませんが、、、、
入場無料の先着250名くらいかな?どうぞ皆さんおいでください。



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以前から思っていたことだったのですが、日野町民のたたらに関する記憶はどんどん薄れています。私もそうなのですが、たたら製鉄が行われなくなって伝承もされず、まったくたたらの歴史が語られなくなったため、たたらのことを知らない世代があるのです。
郷土の歴史なのだから、地元の子供たちにもぜひ知っておいてほしいと思っていました。
そして本日、ついにその日がやってきました。
地元の根雨小学校歴史研究会の児童の皆さんから視察の申し込みがあったのです。私はとてもうれしくて飛び上がりたいくらいでした。(だからといって本当に飛び上がったりしないのは皆さんご存知ですね。変なおじさんに見られてしまいますからあくまで冷静を装って)
3年生から5年生大勢の元気な子供さんは熱心にガイドのおじさんの説明を聞いておいででした。
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来年は6年生の社会科見学にも使いたいとの先生のありがたいお言葉です。これから次々と子供さんたちにもたたらのお話がつながってゆくといいですね。

今日は 大学の教授チームのあと、小学校チーム。ガイドもたじたじとしながらも上手に説明をしておいででした。いろいろなお客様に合わせてガイドの守備範囲も広いです。
また説明時間もご希望に応じて10分からしゃべりだせばきりがない1時間コースまであります。ガイドを有料にしようかという考えも有りますがしばらくは無料オモシロガイドでやっていこうと思います。根雨楽舎は土、日、祝日。10時~4時。平日もご希望があればお開けいたします。大宮楽舎は月~金の開館です。よろしくお願いします。

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きょうはたたらの資料館『根雨楽舎』に行きました。
ある団体さんがおいでになるというので待っていたのです。
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この建物は、出店近藤といって明治元年(150年ほど前)に建てられ実際に近藤家が手代さんの詰め所として使っていた建物です。
しばらく待っていると4名様がおいでになりました。早速名刺交換してお話していると、なんかちがう?
予約のあったお客さまではなく、ある研究機関の方が偶然おいでになったようなのでした。
雑談をしていると、古文書を研究しておいでだとのこと、急遽2階に上がっていただき、壁紙を見ていただきました。
すると、むしろこちらのほうを面白がっておいででした。
近世の文書ですねとか、この幅なら7段に張ってあるはずだし、厚みもかなりあるので面白いものがでるかも。。。と。。。さすがにプロです。さすがに研究者です!
なんか、自分の身内をほめられたみたいでうれしかったっす。
もし、改装したり壊したりするときには、こういう方にいちど見ていただいて、保存するかどうかを判断したいですね。というか簡単には壊してはいけないなって思いました。

いろんな方といろんな方向でお話できて感激でした。
さいごにこの日野谷の史実を細かく調べ小説にしていただきましたと小説『TATARA』のお話をいたしましたところ、1冊づつ頂きますとお買い求めいただきました。

お客様をお見送りして秋の日差しを浴びていると、今日もいい仕事をしたぞってほのぼのと満足感の季節君でした。
d(>_・ )グッ ジョブ!

でも、この日はこれだけでは終わらないのでした。
さらに 根雨楽舎はこのあと大変なことに (後編につづく)

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小豆島の田浦に行きました。
賢明な皆さんはお分かりだと思いますが、坪井栄の小説『二十四の瞳』の舞台になった岬の分教場があったところです。
ここに私が描く町おこしのモデルがあるのです。
戦前は小さな小さな今にも消えてしまいそうな?(ごめんなさい)漁村のあったところで、子どもが少なく分教場しかなかったところなのですが、坪井栄の1つの小説が村を変えました。
いまでは、資料館や土産物屋さんが沢山並んで、交通渋滞をおこしていました。
そうなのです。文学というのはこれだけの影響力が有るのです。
時間を超え空間を超えその影響は日本中、そして現代まで多くの人を集めているのです。

上手だと思ったのは、映画に使われたセットを壊さず上手に観光施設に作り変えていることでした。さらに、セットを土産物屋にしたり池に鯛を飼っていたり、長屋風のソフトクリーム屋さんの前には長蛇の列ができていました。
これなら経済効果も十分、費用対効果も抜群。地元の人の働く場も提供しています。
しかし、どこでもできることではありません。
坪井栄の小説(二十四の瞳)があったからなのです。

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さらに、境港の鬼太郎ロードのように、そのストーリーを大事に醸造する地元の人の時間をかけたたゆまぬ努力も必要です。
今回の視察を通していろいろ考えさせられるとともに、やっぱり私たちが日野谷の歴史を小説化した『TATARA』に大ヒットして欲しいと思う季節君でした。すくなことも、ミニ田浦ぐらいにはできるのに。。。。みなさん、ぜひ『TATARA』を読んでくださいね。図書館でもいいし、本屋さんでの立ち読み、、、はできないように長編小説になっています。
米子今井書店系列で販売しています。また、私たちの事務所に連絡していただけたら、お送りいたします。詳細は↓ここをクリック!!

『TATRAのご案内』
映画になったら田中祐子さん、主演してください。お願いします。

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小説TATARAの出版事業は予想以上に順調に進んでいます。
今日は小説の舞台になった舟場山たたら跡を探しに行きました。
車で山道を走っているとととととt? 何かいます。ヤマンバ!!違います、3つに分かれました。いのししです。私の車の横をすり抜け山道を下って行きました。こんなのはじめてです。熊でなくてよかったです。いきなり珍しいものを見ることが出来てテンションがあがります。
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で、山頂近くから本線を外れて小道に入ってゆきます。私の車は黒なので草が茂っている細道は車に傷がつきそうで心配です。ゆっくり進んでゆくとところどころで秋の紅葉がきれいです。
そして、先輩に教えられたとおり大きな石組みの杉林に出ました。これから山道をずんずん進んでゆくと石垣が延々と続いています。このあたりいったいが山内と呼ばれるたたら製鉄の工業地帯だったのでしょうね。小川もあちこちにあり水も豊富だったようです。もし発掘したら炉の遺跡や建物の跡なんかも出るんでしょうね。
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ちなみにこの舟場山が実際に操業していたのは1870年代だそうです。数百人の人がここで働いて長屋を建てて生活していたんでしょうね。多くの人々の声が聞こえてきそうです。小説を読んでからここにやってくると感慨がひとしおでした。

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