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2010年10月

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この伯耆の国のたたらに関する取り組みを始めてあっという間に3年がたちました。
そして、本日いよいよ伯耆の国のたたらをテーマにした本『TATARA』が完成しました。私たち、これに関わった者も感激しましたが、作者の松本薫先生はいかにお思いであったろうかと思います。

さっそく 平井烏取県知事にお知らせをいたしました。知事はさすがにざっと目を通されたあとするどい質問を連発されました。驚きです。

自宅に帰ってきて今の私は程よい疲労感、とりあえずの放心状態です。ひとりで祝杯を挙げています(笑)

あすからはまた忙しい本の発送事務が始まります。
飲み過ぎないようにして明日のたたらの楽校の解説や本の発送作業にみんなと頑張らねばなりません。

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いよいよ、松本薫さんの小説 『TATARA』が発刊されます。
松本さんは2年間をかけて現地調査、時代考証をされて小説を書き上げられました。
日野郡を舞台にしたこれほどまでに緻密、かつ重厚、ロマンにあふれ、多彩な登場人物、歴史を顕彰し、ナミダを誘い、今を生きる人に勇気を与え、日野の過去を鮮明によみがえらせ、、、あと、なんて言いましょうか。
季節君はそれくらい感動したのであります。読みながらあふれる涙を止めることができず家中水浸しになってしまいました(うそです)

おかげさまで皆さんの前評判も上々でご予約も殺到しております。

その小説がいよいよ発刊されます。
11月1日には書店に並ぶ、、のかな?
とりあえず10月30日には、本を持って平井烏取県知事に発刊のご挨拶に伺います。
10月31日には伯耆の国たたら顕彰会で梱包をして、ご予約いただいた皆様に発送を開始します。1日では発送手続きが終わりそうもないくらいの量です。

そして11月23日には日野町文化ホールで出版記念フォーラムを行う計画です。松本薫さんが講談され、続いてたたら史研究の第1人者 景山猛先生が日野のたたらの歴史を説明されます。さらに地元の名士がパネルディスカッションをしてこの本の価値と真相に迫ります。最後には松本薫さんのサイン会も行います。

12月2日には米子市コンベンションセンターでパネリストを替えてフォーラムを行います。

読者の皆さんには感想文を募集し、応募いただいた方に日野のお米や味噌、鳥なべ、自然薯、その他いろいろをお送りする予定です。

読んで感動、サイン会や講談も付いて、食材まで手に入るといういままでになかった出版業界を震撼させる大サービス!至れり尽くせりのこの本『TATARA』を買わないと損です。
ちなみに10月31日の午後4時までにたたらの楽校 根雨、大宮でご予約いただくと若干割安になります。お近くの方は急いでお申し込みください。


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今日はたたらの楽校根雨楽舎にタペストリーを取り付けました。
(*゚▽゚)/゚・:*【祝】*:・゚\(゚▽゚*)
見物においでになったかたは「きれいげで、楽しげでいいですわ」と言ってくださいました。カラフルで、きれいなデザインで私も結構満足しています。
このタペストリーが出ているときは開館していますので目印にしてください。
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午後は結構たくさんの入館者がありにぎやかでした。
私が今日のご案内担当でしたが、先日仕入れた「備前長船」のお話をしたりして自分自身も楽しくお話をさせていただきました。お客様の楽しげな様子を見ていると会話が弾みます。今までは30分の無料オモシロ解説でしたが、これからは気分しだいで時間延長してしまいそうです(笑)、、そうそう、陰陽師 安部清明のお話もオーダーによって加わります
( ^∇^)キャキャキャ
今日は祇園神社の秋の大祭の日です。地元小学校では金管バンドの演奏会が重なってしまったため、子供が少なく少々さびしかったのですが、それでも御幸行列がでて子供たちは楽しげでした。
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私が子供のころはお祭りの日は小学校は早仕舞い。そして子供相撲があり5人抜きをすると賞金が出ました。
(私はいつも一番負けでした)
さらに御幸行列に参加するとお小遣いがもらえます。子供みこしと言って、白木で組んだ簡単な神輿がありそれを男の子は担いで町を練り歩きました。三谷、根雨、高尾の神輿が出て結構にぎやかだったのです。子供たちは思いっきりゆすってどこの宮の神輿が最初に壊れるか競争でした。女の子は紅い袴と白い上着で着飾ります。いつもはお転婆な子もこの日ばかりはおしとやかになって、あわい初恋が生まれたりしたとか、、、しなかったとか、、、しなかったとしても季節君の責任では有りません。
大人はお神酒をいただき、へべれけになって側溝の小川におちたりしてもいました。そんな楽しい思い出のある秋の大祭です。
いまでは担ぎ手不足から神輿には車輪がついてしまいました。それでも、秋のうららかな日を浴びて今年も無事お祭りは行われました。

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そして、刀匠の工房に行き実際の作刀風景を見せていただきました。(これはおそらく、デモ風景です。現在はハンマーは機械化されていると思います)  ピンポイントに槌が振り下ろされる迫力にビビッていました。しかし、これだけのことを1日やったら体がばらばらになっちゃうでしょうね。 近隣する工房にもお邪魔しました。研ぎとか鞘とか塗りとか分業化されていて、それぞれの道を究めてゆくのも大変だなって思いました。工房に、モンダイの玉鋼がありました。おそらく日刀保のハガネでしょうね。 null さらに季節君の探求はつづきます。そして行き着いた先はここの工房でした。 null したたかに打ち出された麺のかたさと腰!これぞ備前長船です、、ちがうか。。。。


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今日は岡山に日本刀を見に行きました。
伯耆の国では平安時代(大同)806年頃に山伏から発生した技術集団が日南の山奥(太原地区)にこもり製鉄と作刀をはじめたという伝承が有ります。これが安綱となり、その集団は一部が米子にくだりのちに真盛を名乗ります。そしてもう一派が岡山方面にくだり長船の始祖となったという仮説があります。岡山では人口も多く交通や貿易も発展していたため、長船は大いに繁盛し日本刀製造の最大の拠点になりました。

今回はたたら製鉄の近藤家御当主と刀剣家の先生とで備前長船を見に行きました。
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そこで多くの作刀家のかたを紹介していただき、多くのお話を聞き、多くの名刀を見てきました。
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伯耆安綱は平安末期の太刀に属します。
ここで国宝 正宗 をはじめとする多くの名刀を拝見し、多くのご説明を頂きました。
しかし、撮影禁止ですので写真はありません。
いろいろ見所を聞きながら見つめていると日本刀の美しさに引き込まれてしまいます。
国宝として保存されている日本刀は100本近く有るそうです。
やはり日本刀は日本の文化なんだなって思います。(その半数以上を備前の刀が占めているそうです。)

安綱についても説明を頂きました。(実物はここにはありません)
目の利く人が一目見ると安綱はわかるそうです。その荒削りな肌とそれに反する形状の美しさはさすがのものらしいです。しかし1000年前の日本刀始祖期のものなので少しづつ傷みも出始めているらしいのです。
いちど見てみたいと思いますが、童子切り安綱は東京だし展示時期でないと見れないそうです。
続く。

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