島根県の角田先生が砺波の鉄穴跡を発掘調査しておられます。

この後援団体に伯耆国たたら顕彰会も入らせていただいています。

 

うちの会からもたびたび説明会に役員がお邪魔していました。
ですので情報は少しずついただいていました。

そして今回、現地説明会となりましたので、うちのガイドスタッフも向学のため視察に行きました。

砺波は都合山とともに俵博士が明治に調査にいらっしゃった、たたらばで『古来の砂鉄精錬法』にも紹介されています。

角田先生は数年前、大変な苦労の末、この砺波たたら跡を発見されました。

そして今回そこにあった砂鉄採取場についても追加調査をされたのです。

ここの鉄穴流し場は俵先生が調査された鉄穴場ではありませんでしたが、砺波たたらのすぐ上流にあって砺波に砂鉄を供給していたことは地元の人も証言しておられました。

 

現地には車が入りきれないのでゆきんこ村の駐車場集合となりましたが、多くの人がお集まりです。

地元の顔見知りはもちろん県外の研究者の方も多くおいででした。

 (^^)/

バスで現地に輸送していただき、第1班は角田先生と山を上がります。
もちろん、出たがりの季節君は最初の班です。

 

小高い丘の上に稜線が見えますが、ここまでが鉄穴流しによって削られたところです。

切羽と呼ばれる採掘場です。
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この稜線の山際には溝が残っていて、水を流し採取した大量の砂を谷に落としていたのがわかります。

そうしてあちこちから砂を谷に集め、谷には砂と砂鉄を分離する選鉱場を設けたのでありました。

土砂を選鉱場まで送る『走』はその地層からたびたび掘りなおされたのが見て取れるそうです。

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これから選鉱場を流しながら撹拌と分離を繰り返し砂鉄の含有量を0.3%から50%まで上げます。

選鉱場は大池→中池→乙池→樋からなるそうです。

そして構造もただの溝、石囲い、板張り,粘土張りと出世してゆくそうです。

流してゆくものが、ただの土砂から砂を取り除いてどんどん純度が上がってゆくので貴重になってゆくのでしょうね。


さてここからがいよいよ選鉱場の本体部分です。
つづく