この古文書、なんと読むのでしょう。

しばらくぶりに、黒坂で発見された文書の続きです。
実は発見されたのはしばらく前で、公開されていなかっただけのようです。

伯耆歴史研究3号には影山先生がこの文書のことを書いておられます。

いままでの金屋子神とは違うお話が書かれているようです。


それはさておきもう一冊

それは、な、な、なんとっ


じつはなんと!



読めません。

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吉蓮 というのは 下原重仲のペンネームです。
だからご本人の直筆らしいです。

でも、まずタイトルが読めません。
辞書を引いたり、文字検索したりしては見たのですが、わかりませんでした。

ということで、今後の研究結果を待ちたいと思います。

そうこうしていると、遺跡調査担当のインディー氏から連絡が入りました。
現在角田先生と遺跡調査に向かっているとのこと。
新しい発見が山のようにあるようです。
私も取材に行ってきます。

大原安綱

大原安綱はご存知、日本刀の刀鍛冶としてはトップスターだと思います。

今、先輩に勧められて平清盛をお勉強中ですが、童子切ではなく鬼切のほうが出てきます。源氏の宝刀で、友きりとか髭切とかニックネームがあったそうです。
鬼切のほうが古くからあったみたいで源氏ではこちらのほうを大事にしたみたい。

そして童子切については、太平記や源平盛衰記などに書かれていますが、書物によって素性が変わっています。
しかし、息子の真守の刀に、「伯耆国大原真守」と銘があるので安綱も伯耆の刀鍛冶なのは間違いないようです。
年代も大同年間から、源満仲時代の刀、源頼光時代の刀とさまざまな伝承があります。

あまりにややこしくて書ききれませんが、伯耆には大原鍛冶の伝説があちこちにあります。
(一部の鑑定本に島根県とありますが伯耆は鳥取県ですのでよろしくお願いします)

日南町には大原山に反りのある日本刀を初めて作った山伏伝説とお墓があります。
日野町大原には奥さんのお墓があります。
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伯耆町の大原には石碑があります(真守という伝説もあるようです)
米子市日下にも安綱伝説があります。
そして倉吉市にも大原伝説があり、このたびパンフレットになりました。
http://www.city.kurayoshi.lg.jp/gyousei/pressrelease/p908/a705/
伯耆が産んだスーパースターです。
1000年を超えてみんなで大事にしましょう。




金屋子神由来記

季節君は地元の文化財審議員もしているのでありますが、文化財審議委員会で面白い話を聞きました。

たたら最古のノウハウ本である鉄山必要記事を書いた江戸時代の鉄山師、下原重仲という人がいます。


鉄山必要記事は原本はないものの、写本が東大と筑波大学にあると聞いています。

ここからが肝心な地元に伝わるお話し~
下原が晩年を過ごした森家から、葛籠が発見され、中は古文書が多く入っていたそうです。
その中の一冊は「鉄山要口訳」と言い、日野町の金庫に眠っています。
実はそのほかにも見つかった文書があったらしいのです。

多くは、ネズミが齧っていたので、しかたねーな  (。ノ_・。) と廃棄したそうなのですが、(←もったいない ) 程度の良いものが残されていました。
それがこのほど明らかになったわけです。
森家のご厚意により日野町が管理しています。

絶対見せられないほど貴重なものなのですが、そこを何とかとお願いして、表紙の写真だけ撮らせていただきました。
これからは保存のため部外には公開せず、研究機関と相談して調査研究されるようです。
まずは1冊目
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