えらいニュースがとびこんできました。

童子切を複製しちゃうのだそうです。

『童子切 複製』
で検索すると沢山ニュースが出てきます。


さらにすごいのが、使われた鉄は、日野町の鉄だというのです。

日本刀鑑定必携にも、なぜ日本刀の始祖ともいわれる安綱が、このような田舎から出たのか。それはこの地が鋼の産地だったからと書いています。


本日、日野町のたたらの里実行委員会が開かれ、大山開山1300年祭の委員の方からお話を伺いました。来年春には刀を奉納できそうだとのことです。どこまで本物に近づけるのでしょうか。

日野町でも、上菅が安綱伝承の地であり、ほかには日南町、伯耆町、日下、小鴨が伝承の地であります。
来年の1300年祭ではこの地が一同に会して連携を図れないかとの意見も出ています。
伯耆が島根県だなどという刀剣解説もあり驚きますが、情報が正しく伝わればそのうち
出雲。石見→島根。 伯耆。因幡→鳥取県 と正しくなるでしょう。
イベントや、刀剣展示会、童子切奉納など今後の展開がどうなるか楽しみ。♥

続群書類従という古文書から、大原一門の系図を調べています。

安綱の本名は大原五郎太夫と言います。太平記にもそう書いてあります。大同(806年?)の人。
その子眞守の本名は大原太郎太夫。
眞守の嫡男は眞綱。
眞綱の弟子に爲清という人がおり、この人の本名は横瀬三郎太夫と書いてあります。

オオーw(*゚o゚*)w

と思った人は素晴らしい!

そう、日本刀工辞典などでは安綱の本名は横瀬三郎太夫となっているのです。
つまり、安綱は数代あったという説はここでも確認されます。

眞守も数代続いたというので、これもどの刀がどの真守なのか不詳。
さらに、深みにはまる季節君でした。

.。o○

宮市といえば下原重仲の故郷ですよね。

そこで、下原重仲についてのお話をすることになりました。
車で宮市に向かいながら、もう季節君は緊張しています。
なんせ、下原重仲の地元なのですから。

地元の人たちが暖かく迎え入れてくっださって、なごやかに一時間ほど話をしました。
そして講演が終わってからも、次々と質問が続いて、皆さん熱心に聴講してくださいました。

質問を聞いて思ったのは、意外と地元では下原重仲については知られていないこと。
地元の大事な歴史ですので、皆さんで知っていただいて後世に伝えていただきたいと思います。
偉そうに書きましたが、そのために季節君たちもお力添えをできたらと思っています。

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