伯耆の国たたら顕彰会が発足して十年が経ちました。

そこで、これまでの活動を振り返り、これからの活動を考える会を開きました。

十年、よく頑張ってきたと思いますが、一つ気になる事が有ります。
メンバーが替わっていないのです。
ということは、スタッフは、きっちに皆さん、ひとりも漏れることなく、十歳年を取っているのです。
今後の活動に際して、メンバーの若返りを重要案件に置かなくてはなりません。

それから、今後の活動については、刀剣についてもっと取り上げるべきだとの意見がありました。
若い人や女性にも訴求力のある事です。
なぜ安綱が伯耆で活動したのか。
今も残る印賀鋼にそのヒントがあるのではないかとの意見があります。
印賀鋼を成分分析できないかとのアイデアです。検体となる印賀鋼の出所は間違いなく、昔の本物の印賀鋼です。おそらくリン分や硫黄分はかなり低くなっているだろうと予想できます。
それは砂鉄自体に不純物が少ないためだとすればどうでしょう。伯耆安綱の時代でも良質な鋼が作れたのではないでしょうか。
実現可能できるかどうかは不明です。

ただいま、たたら通信の本年度分を執筆中です。

フォーラムの記事を書いているのですが、今年のフォーラムはとても面白い講演でした。

たたらの資料がいろいろ紹介されるのに、その中身が今一つよくわからない。
なぜなら、古文書は独特の崩し字や、ルールがあって読めないのです。
そこで、季節君は一念発起し、古文書の勉強会に参加することにしました。
そして、一年。
今年の池本先生の資料を見て、驚きました。
読めるのです。
もっとも、崩し字から、活字に書き直してあるので読めるのですが、それでも進歩です。
これから、崩し字を直接読み下せるようにもっと頑張ろうと思いました。

伯耆国たたら顕彰会の会員になって下されば(年会費1000円以上)イベント案内や、たたら通信を無料配布いたします。
どうかよろしくお願いします。

中海テレビのコムコムスタジオですでに拝見になった方もあると思います。

また、新聞でも報道がありましたが、日南町に、たたらの情報をお伝えする看板が設置されました。
ひとつめは深迫での、鉄穴流し現場の写真看板。今は田圃になっていて、平和な光景ですが、一昔前(多分大正期)には、まったくの砂山になっていたのです。
現地に行った方はわかると思いますが、というか、現地に行った方もわからなかったと思います。
あまりに景色が変わっていて、それと指摘されなければわかりません。山を鉄穴流しで掘削し、平地にする。そして開墾して農地へ。
使用前、使用後の景色の変化をはっきりと現場で見ることができるようになりました。

もう一か所か、阿毘縁の大原山。ごぞんじ安綱発祥の地との伝承のあるところです。
ここに安綱伝承地の看板が出来ました。
大原鍛冶がいた可能性は高いと思っています。
ここも地元の人でないとわからない場所。
鍛冶屋敷の地名が残り、昔からの石柱がぽつんと立っていました。
鍛冶滓も発見されています。
安綱は、山伏として諸国を修行して技術を身につけたと言われ、近くに山伏塚が残っています。
天叢雲剣が出たとされる船通山のすぐそばです。鋼の生産地であり、備前長船にも近い。かな。
上石見や大宮、上菅など刀鍛冶たちの伝承が集積する場所で、その各場所には大原の地名が残っています。
謎の多い大原安綱ですが、鳥取県西部にはこうした刀鍛冶伝説が多く残ります。

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