先日、米子市公会堂であったフォーラムが縁となり、宍粟市教育委員会の方から宍粟のたたらの歴史についての資料を教えていただきました。
http://www.infokkkna.com/ironroad/2018htm/iron14/1806nishiharimanotetsu01.htm

季節君はこれをいま勉強中でございます。
宍粟というと、千種鋼の産地なのですが、「たたらと村」を読んだくらいで、その後まとまった勉強はしたことがありませんでした。

宍粟は天領となったのでたたらがやりにくかったらしいとの思い込みはあったのですが、紹介された論文では少し私のイメージと違います。
確かに天領はあって、千種屋源右衛門、鳩屋孫右衛門、湊屋徳兵衛が引き継ぎながらたたらを創業したらしい。
しかし、鉄滓の推積地は237か所もあるというのです。
それは、多くが近世のものだと言います。どういったわけでそんなにたくさんのたたら跡があるのかもう少し読み込んでゆこうと思います。

日南町美術館 刀剣展 に行ってきました。

日南町美術館 刀剣展 に行ってきました。

最初の部屋は短刀だったので、さほど気後れすることもなく、何気なく見学。

そして次の部屋に入ると、そこは長寸の日本刀。

ずらりと10振りが並んで壮観です。

 

しかも、重要美術品クラスの刀剣ばかり。

その迫力に、刀の事は何も知らない季節君でさえ、たじたじです。

 

研磨師の森井偲訓さんが選ばれた刀なのですが、これだけの名刀を揃えることはちょっとやそっとではできない事です。

森井偲訓さんと、この企画をされた増原町長さんの思い入れが感じられる刀剣展でした。

じっと刀に見入っているといつの間にか時がたってしまいます。

刀剣についてはファンが多いので、会場のお客さんもかなり多かったです。

するといつの間にか、森井さんが会場においでになり、お客様に対して刀の説明をしておられます。季節君も思わず聞き入ってしまいました。

ぎらりと眩い現代刀と違って、地鉄の深い黒の色合い。それに浮き出している模様。古い刀の落ち着きを感じました。

一番奥にあったのが、浜部壽格(はまべとしのり と読む)

鳥取出身で江戸時代を代表する刀工です。

この人は、幕府からの命を受け、江戸で作刀をしたと言われており、実際に刀の銘にもそれが書かれています。

そして、浜部壽格の背後にあったのは良鉄の産地、奥日野。

彼の作品の多くに印賀鉄造之、 以伯州鉄(伯州とは伯耆の事)などと銘を刻まれており、季節君はこれを見ただけでぞくぞくするのです。

しかし、残念ながら、日南町の展示ではその銘の部分が裏側になっていて見えませんでした。

鉄を使ってこのように美しいものが作られるのです。刀のことはわからずにいた季節君ですが、その美しさが少しわかったように思います。

bijyutu

増原日南町長様がご逝去されました。

増原町長様には当会もずいぶんとご助言とお力添えを頂きました。

安綱の講演をしたときも、増原町長様にはご参加いただき、印賀鋼と安綱の話は全国レベルに上げないといけないとご指示を頂きました。

突然の訃報に接して、私は大きな拠り所を失ったという気持ちでいっぱいですが、もちろん日南町民の皆さんはもっと大きな喪失感をお持ちでしょう。

本日、町民葬に私も出席いたしましたが、おどろくほどの参列者の多さに改めて増原町長様の人望と、実績の大きさを痛感いたしました。

ここに謹んでお悔やみを申し上げます。

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