中海テレビのコムコムスタジオですでに拝見になった方もあると思います。

また、新聞でも報道がありましたが、日南町に、たたらの情報をお伝えする看板が設置されました。
ひとつめは深迫での、鉄穴流し現場の写真看板。今は田圃になっていて、平和な光景ですが、一昔前(多分大正期)には、まったくの砂山になっていたのです。
現地に行った方はわかると思いますが、というか、現地に行った方もわからなかったと思います。
あまりに景色が変わっていて、それと指摘されなければわかりません。山を鉄穴流しで掘削し、平地にする。そして開墾して農地へ。
使用前、使用後の景色の変化をはっきりと現場で見ることができるようになりました。

もう一か所か、阿毘縁の大原山。ごぞんじ安綱発祥の地との伝承のあるところです。
ここに安綱伝承地の看板が出来ました。
大原鍛冶がいた可能性は高いと思っています。
ここも地元の人でないとわからない場所。
鍛冶屋敷の地名が残り、昔からの石柱がぽつんと立っていました。
鍛冶滓も発見されています。
安綱は、山伏として諸国を修行して技術を身につけたと言われ、近くに山伏塚が残っています。
天叢雲剣が出たとされる船通山のすぐそばです。鋼の生産地であり、備前長船にも近い。かな。
上石見や大宮、上菅など刀鍛冶たちの伝承が集積する場所で、その各場所には大原の地名が残っています。
謎の多い大原安綱ですが、鳥取県西部にはこうした刀鍛冶伝説が多く残ります。

都合山たたらにベンチを作ろう!


昨年実施しようとしていたイベントですが、大雨で橋が流され、道が流され、スケジュールが流され……という大変な事態になりました。
そしてもう一度仕切り直しでございます。
皆さんご参加ください。
ベンチ作りイベント


開催日/3月23日(土)  雨天の場合は翌24日(日)
集合場所と時間/日野町上菅「小さな蔵美術館」
   
スケジュール
朝8時30分 上菅「小さな蔵美術館」前に集合
  都合山までウォーキング(約30分)
9時頃から作業開始~計10基の材料の運搬、
  組み立て、設置~11時30分頃まで
10基の内3基は、帰り道途中、街道に設置します。
12時過ぎから軽~く打ち上げ(参加費/300円)
14時頃終了~解散

(参加要領)
※山行きの服装で、できれば長靴着用、軍手持参でお願いします。
※その他の準備品などは不要、手ぶらでお越しください。
※打ち上げでアルコールをご所望の方は、電車をご利用いただくか、
 お仲間のクルマに相乗りでお越しください。

参加申込・問合せ/Tel/0859-72-1350  (奥日野ガイド倶楽部・佐々木)
またはメールですぎはらまで。  sugihara@chiikimirai.jp

つづいて池本先生のご講演。

池本先生は古文書を調査され、緻密にその資料を積み上げ、体系的にひとつのストーリーを浮かび上がらせるといったご講演がお上手だと思っています。

今回は、幕末の九州各地、鳥取藩や近藤家の文書から伯耆の技術者の移動、その果たした役割について解明されました。

まずは、薩摩。

島津斉彬が集成館を作り、反射炉を作り、偉業を成し遂げたのは有名です。

その薩摩藩から鳥取藩江戸屋敷に「鉄を作る技術者を貸してくれ」と書状が届きます。

「でも、薩摩で鉄が作れるようになったら、伯耆の鉄が売れなくなるじゃん」

とか、薩摩から奥日野の数名の技術者が名指しされたときには

「薩摩から密偵が入っているのではないか。ただちに調べよ!」

とか言った文書が発行されています。(季節君がいくら威張っても、これを調べられたのは池本先生です)

そして名指しされた技術者たちは

「わしゃ、歳だからよう行かん」

とか

「家族の生活費に200万円。俺の給料に800万。それに顎足代も欲しいな」

とか言った生々しい文書もあります。
こういったやり取りは、現在の私たちの生活と何ら変わるところがないのです。

最終的には、二人の技術者が薩摩に行き、みごと鋼を作れるようになったため、二振りの記念刀が作られたらしいです。そして二人は日野に帰ってきて、薩摩藩主からも、ごほうびに金1500疋(50万円くらいでしょうか)もらったとか。

 

さらに加賀藩、土佐藩にも伯耆の技術者が活躍した文書があるようです。

 ヤッルゥ!o(*><*)o

 

最後の講演者は、われらが伯耆国たたら顕彰会の事務局長。

現在558か所の遺跡を踏査しているとか、いないとか。

いや、いるんだけれどね。

 

今回はその中でも、根雨手嶋家(松田家)が操業していたと確認された遺跡について、20か所ほど案内していただきました。

中には季節君も一緒に探した遺跡もあります。

舟場投げ谷やひや谷たたら、川平山などは私も探しました。

ひや谷は舟場にあり「舟場山鉄山内代々精霊之墓」と書かれた石塔のあった場所です。

 

今回の講演はとても面白かったです。

そして最後に、

「それでは締めのご挨拶を季節君にお願いします」

と言われ、途端に引きつってしまいました。

ドキッ∑( ̄Д ̄ll)

じつは、今日のパンフレットにもそうご案内が掛かれていたそうなのですが、季節君はお弁当を食べることに専念していたため、自分の役目を見逃していたのでありました。

 

そんな事もありながらなんとか無事に終了した今回のフォーラムであります。

おいでになった皆様方。岡山の先生や島根の著名な先生、新見の庄からもおいででした。皆さんありがとうございます。


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