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先日、日野町観光協会主催の『日野の名の由来』の講演会がありました。
そのなかで、大和王国時代(大和朝廷のこと)は日本は大きないくつかの豪族が治めていたことを知りました。その豪族が大和の豪族に送った貢物が三種の神器となって残っていることから出雲地方に大きな豪族が有ったことがわかっています。
そして、出雲からの貢物が三種の神器のうちの草薙の剣であったことから、当時盛んに製鉄が行われていたことがわかります。
出雲の風土記によると、出雲の国のとなりは『ひの国』であると記載されています。
つまりその太古の昔から当地は『ひの』と呼ばれていました。

『ひのくに』つまりたたら製鉄のための火を操る部族がこの地にいたであろうと推測されています。
このような神話や古代史から私たちの住む町の古代史を考えるのもとても面白いものです。
まだまだ、金持神社や金持景藤の背景から たたら製鉄とのかかわりもいろいろ考えられています。
わたしも今回、商工会の全国展開事業にかかわり たたらの勉強をするようになりました。ようやくその入り口に立った程度なのですがまだまだ たたら製鉄と郷土の歴史をさぐってみたいと興味が湧いています。

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11月7日に日南町総合文化センターで『たたらツーリズム』シンポジュームが開催されました。午前中は砺波たたらの発掘現場を島根県教育庁古代文化センターの角田調査員とともに、現状の視察と説明を受けるという大変興味深いものでした。
しかし、、私は前回の都合谷遺跡の発掘調査説明会と同様、仕事の都合で参加できなかったのがとても残念でした。この遺跡も保存のためいずれ埋め戻されるということなので、ぜひとも見ておきたかったのですが残念です。
その後の文化センターでのシンポジュームには参加することができました。
その内容は参加された皆さんも熱心にメモを取りながら聞いておいででしたので割愛いたします。ただ、今回は日刀保の木原 村下サンが参加しておられたのが印象的でした。
木原さんといえば現在の日本唯一のムラゲ(たたらの総指揮者)としてあまりに有名です。
TVで見るそのままのお姿でした。
そして、シンポジューム終了後、ロビーでの懇談の中で、私は実際戸砥波たたらに仕事に行っていたとおっしゃるご老人の登場や、日本刀剣保存協会の山本氏からの刀の説明。近藤家当主の方とのお話など普段ではとてもお会いできないであろうかたがたとのお話がとても貴重でした。
お礼にと、発掘調査への寄付金1000円を募金箱に入れてきました。募金箱はかなりの金額になっていたと思います。ぜひがんばって発掘調査をお願いします。

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