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札所(売店)のおねえさんの明るい健康的な笑顔に見送られててくてくと歩いて橋を渡ります。そして細道を歩いてゆくとその先にはこんな感じで鳥居があります。
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でっかくて派手な鳥居よりいいです。穴場的な感じでこれはご利益がありそうだなって思いました。

鳥居をくぐると、長い石段。これを登ってゆくとずんずんお金が溜まるのかな?
いけません。下心が見え見えです。
こんなんでは神様にお叱りを受けてしまいます。
心を清らかにするために、清水で手を洗い清めます。そして、、、
階段をお金持ちめがけて猛ダッシュー!!!ε=ε=ε=ε=┏(; ̄▽ ̄)┛
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おやしろはこんな感じです。すごく沢山の絵馬が掛けられていました。多くの皆さんの願いをかなえるため神様も大変なんでしょうね。ですから、一般庶民である私は「大金持ちでなくていいです。〇〇くらいでよろしくお願いします。」と拝んできました。
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帰りには薄日も差して、お金を拾うこともなくかといってばちの当たることもなく一般庶民の私は はればれと帰路に付くことができました。めでたしめでたし。


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京の都で、平家に討たれそうになった皇子を密かに逃がし、7年間のあいだ日野に幽閉されてしまった長谷部信連のお話をしてきました。
その名残で根雨の町には祗園橋、祇園神社、延暦寺などがあります
ではなぜそんな有力な武将が日野に流されたのでしょう。

昔から伯耆の国は製鉄が有名でした。今で言うならシリコンバレーのようなものです。
竹やりや銅器では鉄器にかなわなかったのです。そこで、中央政府では伯耆の鉄を手に入れようと上級官僚を派遣します。藤原氏一族のひとびとがやってきたようです。
やってきたのは今の金持地区。当事は砂鉄の出るところで鉄は作られます。そういったところを金地(かねじ)といい、それが金持になったと伝えられています。
やってきた中央の官僚は大きな力を持っていましたし、中央政府に忠誠を誓っていたので長谷部信連をあずけたのでした。

その中央官僚の藤原氏が現地で金持党と名乗りました。
金持ち神社売店のちょっと上流側に大きな駐車場があります。そこに金持氏の石碑が建てられています
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りっぱです。こんなのを立ててもらえるとは当時の人は思ってなかったでしょうね。
そしてその近くには金持ち神社のいわれなどが説明してあります。
私などが ない頭でいい加減なことをかくより読んでいただいたほうが間違いないです。
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そして売店。札所と書かれています。
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ここには1万円札をすいて作った扇子など、ミリオンヒット商品もあります。
最近はお客さんが絶えることなくやってこられます。年中無休で営業しています。
私が伺ったときも、看板娘ならぬ金持娘さんが接客してくださいました。
なんともうれしいです。金持ちになれなくてももう後悔はありません(うそです)。

そしていよいよ金持ち神社へと向かいます。
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なにやら風雲急を告げる怪しげな感じです。私の下心が見透かされたのでしょうか。
季節君の運命やいかに
つづく

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根雨の町中には縦横無尽に水路が走っています。
昔は芋を洗ったりしてましたが今は見かけません。
しかし、水は板井原川や山水を引いているのでとても綺麗です。
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これはたたらの楽校根雨の玄関です。
この水路を今日は地元で清掃作業しました。
毎年魚が出てくるんですが、今年も大漁でした。これが楽しみで川掃除をしてる人もいたりするのかな?
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写真はアマゴです(赤点があり40センチくらいになるとサツキマスと呼びます)。小川ではこんなに大きくなるのはめずらしいです。
さらに驚くことに、秋になるとちゃんと親は産卵し春には稚魚が側溝を泳いでいるってことです。
そしてもっと驚くのがこんなのもすんでいるんです。
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40センチと60センチのオオサンショウウオが2匹、、、いわゆるハンザキというやつです。一度噛み付いたら半分に裂いてしまわないと放さないというところが語源になっています。古代生物の生き残りです。なんとなくたたら製鉄でできるノロの化身のようでもあります。でも、採ってはいけないのでこの水路の住人になっていて毎年でてきます。
これからは ノロと愛称をつけますのでそう呼んでやってください(笑)

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