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今回、このHPを立ち上げるに当たり多くの皆様のご協力をいただきました。
私がかよっていた高校の恩師、景山先生にたたらについての出筆をお願いいたしました。
しかし、先生はこの方面のご専門で私たち素人には少しレベルの高い内容であったように思います。
そこで私なりに素人編の『たたら』の説明を考えてみました。

現代の製鉄は、コークス等の燃料を使って鉄鉱石を溶かして鉄を作ります。この方法だと純度は低いものの大量に安価で鉄を作ることができるのです。その方法で現代の橋や船やビルディングが作られ、現代の人類の繁栄はこの鉄によってもたらされたものであると考えて差し支えありません。(前回のセミナーで教えていただきました)
一方たたらは、木炭を燃料とし砂鉄をじっくり溶かして3日3夜かかって鉄の塊を作ります。そこには1000年にも及ぶ知恵が生かされています。砂鉄の品質、送風量の調整や炭の加え方などで非常に純度の高い鉄を作ることができます。100年掛けても錆びないほどの純度の高い玉はがねといわれる鉄です。
そしてそれを作るための炉も高温にするための送風システムや、高温になったとき水蒸気爆発を防ぐための地下構造など複雑なシステムが構築されています。
そのシステムをこのところ発掘して地下構造などを確認しているのです。日野郡内の遺跡は保存状態がよく、近藤家の1万点にも及ぶといわれる書物など文献も多くあるので調査には最適な状態があります。日野郡内にあるまだ手付かずの製鉄の遺跡の調査は始まったばかりなのです。。。。

って、感じでしょうか。まだ私は入門したてですのでどなたか間違いがあったら訂正をお願いいたします。
明日は、たたら研究会の全国大会がありますのでもうすこし勉強してこようと思います。

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先日、日野町観光協会主催の『日野の名の由来』の講演会がありました。
そのなかで、大和王国時代(大和朝廷のこと)は日本は大きないくつかの豪族が治めていたことを知りました。その豪族が大和の豪族に送った貢物が三種の神器となって残っていることから出雲地方に大きな豪族が有ったことがわかっています。
そして、出雲からの貢物が三種の神器のうちの草薙の剣であったことから、当時盛んに製鉄が行われていたことがわかります。
出雲の風土記によると、出雲の国のとなりは『ひの国』であると記載されています。
つまりその太古の昔から当地は『ひの』と呼ばれていました。

『ひのくに』つまりたたら製鉄のための火を操る部族がこの地にいたであろうと推測されています。
このような神話や古代史から私たちの住む町の古代史を考えるのもとても面白いものです。
まだまだ、金持神社や金持景藤の背景から たたら製鉄とのかかわりもいろいろ考えられています。
わたしも今回、商工会の全国展開事業にかかわり たたらの勉強をするようになりました。ようやくその入り口に立った程度なのですがまだまだ たたら製鉄と郷土の歴史をさぐってみたいと興味が湧いています。

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11月7日に日南町総合文化センターで『たたらツーリズム』シンポジュームが開催されました。午前中は砺波たたらの発掘現場を島根県教育庁古代文化センターの角田調査員とともに、現状の視察と説明を受けるという大変興味深いものでした。
しかし、、私は前回の都合谷遺跡の発掘調査説明会と同様、仕事の都合で参加できなかったのがとても残念でした。この遺跡も保存のためいずれ埋め戻されるということなので、ぜひとも見ておきたかったのですが残念です。
その後の文化センターでのシンポジュームには参加することができました。
その内容は参加された皆さんも熱心にメモを取りながら聞いておいででしたので割愛いたします。ただ、今回は日刀保の木原 村下サンが参加しておられたのが印象的でした。
木原さんといえば現在の日本唯一のムラゲ(たたらの総指揮者)としてあまりに有名です。
TVで見るそのままのお姿でした。
そして、シンポジューム終了後、ロビーでの懇談の中で、私は実際戸砥波たたらに仕事に行っていたとおっしゃるご老人の登場や、日本刀剣保存協会の山本氏からの刀の説明。近藤家当主の方とのお話など普段ではとてもお会いできないであろうかたがたとのお話がとても貴重でした。
お礼にと、発掘調査への寄付金1000円を募金箱に入れてきました。募金箱はかなりの金額になっていたと思います。ぜひがんばって発掘調査をお願いします。

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