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小説TATARAの出版事業は予想以上に順調に進んでいます。
今日は小説の舞台になった舟場山たたら跡を探しに行きました。
車で山道を走っているとととととt? 何かいます。ヤマンバ!!違います、3つに分かれました。いのししです。私の車の横をすり抜け山道を下って行きました。こんなのはじめてです。熊でなくてよかったです。いきなり珍しいものを見ることが出来てテンションがあがります。
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で、山頂近くから本線を外れて小道に入ってゆきます。私の車は黒なので草が茂っている細道は車に傷がつきそうで心配です。ゆっくり進んでゆくとところどころで秋の紅葉がきれいです。
そして、先輩に教えられたとおり大きな石組みの杉林に出ました。これから山道をずんずん進んでゆくと石垣が延々と続いています。このあたりいったいが山内と呼ばれるたたら製鉄の工業地帯だったのでしょうね。小川もあちこちにあり水も豊富だったようです。もし発掘したら炉の遺跡や建物の跡なんかも出るんでしょうね。
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ちなみにこの舟場山が実際に操業していたのは1870年代だそうです。数百人の人がここで働いて長屋を建てて生活していたんでしょうね。多くの人々の声が聞こえてきそうです。小説を読んでからここにやってくると感慨がひとしおでした。

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今日は小説TATARAの出版を祝って、仲間内で会費制の打ち上げをしました。
この出版については最初はどれくらいの予算でどれくらいの赤字を覚悟すればいいのだろうと心配しましたが、内容がすばらしいのとスタッフの懸命な売り込みの甲斐があって赤字にならなくてすみそうです。
というか、在庫が少なくなってしまって出版から1週間ですでに書店から増版出版の問い合わせまで出ているようです。
新聞などの取り扱いも好意的です。これから各誌で書評があるそうですがすでに届いた原稿もかなり熱を入れて押していただいています。
いきおい打ち上げ会でも大盛り上がり。隣の人の話し声が聞こえないくらいです。
最後に著者の松本さんに謝辞をお願いしたのですがそこでも脱線。今回の小説を書くことになった経緯から話の内容、歴史的背景まで詳しくお話いただきました。最後には身振り手振りで熱演でした。
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今回の小説の取材のために、根雨、舟場はもとより大阪や鳥取市にも飛んで取材旅行をされたらしいです。さすがに本物の小説家は違うなーと感心しきりの季節君でした。
このお話は11月23日に根雨の文化ホールで12月2日に米子の文化ホールでフォーラムとして一般の方もお聞きになることができます。


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突然、伯耆の国たたら顕彰会の先輩から季節@突撃取材班に命令が下ったのであります。
指令は「 根雨出身の漫画家ヘンリー木山と言う人物について調査し報告せよ。なお、このことによって君の身にいかなる危険が及ぼうとも当局は一切関知しない。費用が発生しても一切払ってやらないからね」というものでした。いつも唐突にこの指令が出るのは困り物です。

はて????私はこのヘンリー木山と言う人物についてまったく知りません。近所のおじさんやお姉さん、うちに悪さをする野良猫や我が家の飼い犬のハッピーに聞いてもみんな知らないと言います。
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そこで図書館にゆき調査を開始しました。この日野町図書館は非常に優秀で私の知らないことをいろいろ教えてくれます。書士のお嬢さんに聞いてみるとすぐに鍵を取り出し、いつもの一番奥のキャビネットに案内してくれました。そうです、ここは一般人立ち入り禁止区域。貴重な書物を置いてあるところなのです。禁断の危険なにおいがします。
そこで取り出された数冊の書物!私の苦手な横文字が並んでいました。ヘンリーと言う名前からしてこういう事態が発生するんじゃないかといやな予感がしていました。
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横文字の本は横に置いておいて、彼の履歴を記した本を見てみます。
明治18年。根雨に旅館(油屋)の長男として生まれる
明治33年県立2中(米子東高)入学 画才を認められる
明治37年サンフランシスコに伯父を頼って渡米
大正3年サンフランシスコ美術学校人体教室首席
大正4年奨学金を受ける
大正5年ニューヨーク アーツ スチューデント リーグ 入選
大正9年サンフランシスコ美術展入選
大正11年帰国 東京美術展入選
大正13年渡米 サンフランシスコに美術研究所設立
大正6年漫画「4人書生」上程
昭和12年帰国

ヘンリー木山と言う人は明治のころにすでに渡米し絵画の勉強をした人です。たびたびアメリカや日本で受賞しています。しかし、彼を一番有名にしたのは以外にも漫画でした。
日本語と英語をバイリンガルで使いながら漫画にしたのは画期的だったと思います。
この漫画がのちにサンフランシスコで再出版されました。
日本でも再出版されています(インターネットで調べたら6500円くらいしました)
米子美術館や倉吉美術館でも展示されているようです。
日野町美術館では、、、、まず美術館を建てないといけませんね。意外と知られていない地元出身で世界で活躍した人がいるのでした

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