日本刀

たたらで作られる鉄はその大部分が生活雑器となります。そして、使われて摩耗していつかは無くなってしまいます。しかし、そんな中にあって、日本刀は後世まで残る鉄器です。

たたらのガイドをしていても、日本刀について聞かれることがよくあります。

しかし、正直言って日本刀は難しいと思います。

説明しようとすると、造り方、材料、呼び方、見方などとても素人にできるものではありません。

しかし、できないとばかり言っても始まらないので少し勉強しようと思いました。

思い立ったら止まらないのが季節君です。

伯耆国たたら顕彰会きっての刀剣マニアの役員にご指導をいただくことにしました。

たたらの楽校に持ってきていただいたのは、二本の刀。

だから二本刀なんちゃって
 (。ノ_・。)ウッ・・ ごめんなさい。悪気はなかったのです。

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一本は室町頃の刀
もう一本は江戸時代の刀で相州綱広
どちらも脇差です。
初歩的な構成とか、模様とかについてお話を伺いました。
室町時代の刀は少し、研ぎ減りしているそうです。
室町ってことはおそらく持ち歩いていたのでしょうし、ひょっとしたら実戦にも出たことがある刀なのかもしれません。

やはり、この美しさが、たたらで作られた鉄によるものならば、刀についても知っておくべきことが多いように思いました。

そんなお勉強をしている隣で、事務長は巻物の手入れをしておいででした。
これは今年の夏休み講座で披露される巻物です。
詳しくはまた後日お伝えします。
 

夏休み講座開催のお知らせ

85日(土)~27日(日)まで「芸州加計 隅屋鉄山絵巻」(複製)の展示を行います。
当時のたたらの様子を絵巻にして残したものです。

 

 展示は土・日・祝祭日のみで、10時から16時まで、たたらの楽校根雨楽舎。

 820日(日)には「芸州加計 隅屋鉄山絵巻」の解説を行います。

 芸州加計「隅屋鉄山絵巻」解説は13時~1430分。

 

いずれも入場料無料ですので、多数ご参加ください。
芸州加計「隅屋鉄山絵巻」チラシ

先日持ち込まれた写真

先日当方に持ち込まれた写真の調査が終わりました。

MHさんの関係者の方からの提供を受けたお写真だったのですが、詳しいことがわかってきました。

MH氏は吉鑪及び、呼子山の勤務成績が優秀で近藤家から報奨を受けておられます。

呼子山は現在は整地させていますが、山の稜線などは残っています。
小川は地下に埋設されてしまって、また建物跡は整地されています。
近藤家に残る建物配置図から矢印の方向に移された写真であることがほぼ間違いないと思われます。
ということで多くの研究者の方のお力をお借りした、今回の調査は呼子山の写真ということになりました。
簡単に書いてしまいましたが、現地はまったく地形が変わっており、残る資料も少ないためずいぶんと苦労したのではありました。

もし、皆さんのところにも眠るお写真があればぜひ拝見させていただきたいと思います。
ただし、現在当方の調査でもたたらの遺跡は500を超えていますので、確定できない場合もありますが、資料を保存するという意味でも、拝見できればと思う次第であります。
呼子山?
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