令和二年のふいご祭り 巻Ⅱ

10:30から日野町誌ブックレット『鉄山師近藤家と都合山たたら』出版記念講演会が開かれます。。

加地先生、角田先生、池本先生をはじめ、観客の中にも著名な先生方のお顔がちらほら見えます。

たたらファンの地元研究家の皆さんや、鉄山師の末裔の方たちの顔も揃っていました。

講演会では古文書写真を参考にしながら、近藤家の鉄山経営についての最新研究が発表されました。

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池本先生の発表はいつも目新しいことがあるので、うっかり目が離せません。

季節君は今日も一番前の席で、一ミリも目を離さずに、講演を聞いていました。

 

講演会場は熱気に包まれて、、、となれば優等生の作文なのですが、当日はやたらと寒く、季節君は風邪をひいてしまいそうでした。

会場広場では、鍛冶屋体験の槌打つ響きが、賑やかです。

ペーパーナイフの制作でしょう。

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お昼は、スタッフ弁当。

「お!かつ丼だ」

と思ったらなんだか食感が違う。

これは日野町名物のシイタケ丼のようでありました。

 

季節君は大急ぎで昼飯を掻き込むと、本会場を後にします。

こんな時こそ、たたらの楽校を開校しなければなりません。

今年はコロナのためにたたらの楽校を閉めていたので、何とかしなければ、たたらの楽校を作った意味がなくなる。

使命感に燃えた季節君のささやかな試みでありました。
 
ふと展示物を見て気が付いたのでありますが、これは講演で「極めて珍しい半製品の四放し」といわれたものでしょうか。
包丁鉄にしては大きすぎるし、形が不定形。銑鉄にしては綺麗に整っている。
或いは、四ツ放シになる前の状態かもしれません。
都合山で見つかった遺物ですが、どなたかこの正体を御存じでしょうか。
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たたらの楽校には「バック トゥー ザ ヒノチョウ」参加のお子様方がたくさんおいでになり、観光ツアーの皆さんもおいでになって、賑やかでした。

 

どうなる事かと参加人数が心配であった令和二年のふいご祭りでしたが、大盛況のうちに幕を閉じることができました。

 めでたしめでたし。

 

令和二年のふいご祭り

 

毎年恒例のふいご祭りが今年も行われました。
昔、たたら場で行われていた、ふいご祭りにあやかって奥日野のたたらの歴史を、伝承しようというイベントです。
しかし、コロナ禍の影響もあって、例年行われていた飲食は取りやめ、規模を縮小しての開催です。

朝、7時集合。

建屋をトラックに積み込む作業から開始。
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例年は鉄筋を使っての高殿建設でしたが、今年は耐熱シートを使っての簡易版高殿としました。

ビニールハウス造りに慣れない季節君などは、お尻を蹴飛ばされながら、作業をしました。

パズルのような高殿です。おそらく農業用ハウスの建設なども、見た目と違って技術の必要な作業なのでしょうね。
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高殿建設を苦労しながら、ようやく終えた頃には、すでに表玄関では開会式が始まっていました。

今年は、日野町たたらの里プロジェクト主催の『バックトゥーザヒノチョウ』が行われていますし、金持テラスでも、日野町公式キャラクターの『しいたん』誕生一周年を記念してイベントが開催中です。

日本海新聞社主催の根雨の町歩きツアーもあり、意外と多くの人が参加しておられました。

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早速、炉に火が入り、参加者の皆さんが興味津々で砂鉄を投入して、賑やかになりました。

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天気も上々です。

季節君の気分も上々。
次々と企画が目白押しの一日であります。

つづく……

鬼滅の刃と鬼切丸

山陰中央新報社の記者さんから電話がありました。
「このところ社会現象になっている鬼滅の刃について調べていたところ、鬼切丸という刀が実際にあるらしいと知りました。
ついては、季節君が詳しそうなのでそのあたりをとくと話して聞かせてください。」というご依頼です。

鬼切丸といえば、伯耆が生んだ天才刀鍛冶(大原安綱)のお話ではありませんか。

ということで、わざわざ鳥取から車を飛ばしてきていただき 🚙= (車は飛ばないけれど、そのあたりは比喩です。) お話しをさせていただきました。
大原安綱が造った『鬼切丸』のおはなし。そしてもう一本鬼を征伐したと伝わる『童子切』のお話しです。
鬼切丸は北野天満宮に安置されている重要文化財。童子切は東京国立博物館に保存されている国宝ですよね。
鬼切丸は渡辺綱が、一条戻り橋で鬼のお腕を斬ったという太平記に記載された伝説。
童子切は源頼光が、大江山の鬼を斬ったという室町御伽草子の話。
鬼の腕を切った鬼切より、鬼の親分を征伐した『童子切』のほうが、鬼滅の刃のお話に近いと思います。
童子切と鬼切。どちらも、印賀鋼を厳選して作った黒い太刀。腰ぞりの強い見るからに実践的で後光の射すスーパー刀剣です。
季節君はどちらの刀も、春日大社の国宝展で10月前に見てきたので、自信をもって言っちゃいます!
ましてや童子切は、試し切りをしたら6人の遺体を重ね斬りできたという『六つ胴切』の異名を持つ日本一の切れ味を持つ刀であります。人を喰らった鬼も切り裂いたでありましょう。

記者さんに、太平記や平家物語(剣の巻にも鬼切のことが書いてある)に残る童子切、鬼切の話をしていたら、じゃあ、岩をも切ったでしょうか。
というご質問。
「そうそう、鋼を作った たたら場の遺跡調査で、斬られた岩を見たことがあるよ」
と季節君は思わず大法螺を吹いてしまいました。
「ぢゃあ見せていただきましょう」
とおっしゃる記者さんと、一路上菅の人向山遺跡へと向かいました。
ちょっと言い過ぎたかと後悔。

夕闇迫る日野路を急いで山に入ります。途中、イノシシが死んでいてぎょっとしてしまいました。
そして見つけたのが、人向山たたら場のそばにあったこの岩。苔むして地中に半分埋まっていますが、それでも高さは2m近くある大岩です。
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鬼滅の刃は大正時代のお話なので、100年たったらこれくらいの風情にはなるでしょう(笑)。
「次に来るまでに、この岩を掘り出しておくからね」とできもしない約束をして暮れ行く山道を下ってゆきました。
ついでに、上菅の大原安綱を祀ってあるという「大原神社」と「花御膳」の祠を拝んで帰ってきました。

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