総務大臣表彰

 

昨年末に伯耆国たたら顕彰会に対して総務大臣表彰がありました。


q(≧▽≦*)(*≧▽≦)p。・:*:・゚★,。・:*:・゚オメデトー♪ 


地方自治法施行70周年記念表彰というのだそうです。

総務大臣


まあ、そこそこ長いこと、みんなで頑張ってきたということで褒めてもらったのであろうと思っています。

これも多くの皆さんの応援があってのこと。
さらにいうなら、行政からの後押しも強力にありました。

それでは、もう少し頑張ってみようかと、単純な季節君は思うのでありました。

今日は、新年早々、その報告に鳥取県日野振興センターと日野町役場に行ってきたのであります。

総務大臣2
総務大臣3


今年は、伯耆の刀鍛冶について観光パンフレットを出したいなと思うのですが、大山開山1300年祭にちなんで、たたらについても大規模な集会が出来るかもしれません。

いろいろな事業のことを考えると今年も忙しくなりそうな気配です。

どうぞ皆様のお力添えをお願いいたします。

どこかの刀剣書で、『古文書に、童子切は伯耆の鋼が使われたと書かれている』となっているのを目にしました。そのときはスルーしてしまったのですが、これは鉄山秘書についての記述だと思われます。

ちょっと私が作った鉄山秘書の覚書きを読み返してみました。

砂鉄については、「俣野村と印賀村、宍粟には刄金押しによいものがある。ほかには見当たらない」と書かれています。
また、「踏み鞴から天秤ふいごになって刄金が違ってしまった。」と書かれています。

俣野刄金は質が良く、童子切という名刀も俣野刄金を使ったものだと思われるーとも書いています。

鉄山秘書がかかれたのが1785年なので、大原一門から500年くらいたっています。
下原自身が俣野刄金を作っていたので、それくらいの自負はあったんでしょうが、大原一門が俣野刄金を使ったという確証はありません。
しかし、それでも印賀刄金のことを記載しているので、昔から印賀の鉄は優秀だったことが知れ渡っていたのでしょう。
むしろ、印賀刄金や、童子切安綱を俣野刄金と列記することによって、俣野刄金の優秀さをアピールしたかったとも考えることができます。
とすると、やはり通説通り印賀鋼が大原一門の鋼の可能性が高いと思います。
ちなみに、印賀鋼はその成分が特筆するほど優秀で、明治期の海軍が全国の鋼を調査した末に印賀鋼を指名して低燐鉄を作らせたというほどの経歴を持ちます。(この低燐鉄の製造は明治、大正期には出雲御三家も製造しておられます。)

このところ、刀剣迷路に迷い込んでいる季節君でございます。
今日は、抜丸またの名を木枯について。

平治物語によれば
平頼盛が兜に熊手を引っかけられ、引き倒されそうになりますが、刀で熊出を切り落とします。その刀が名刀抜丸であったので、よく切れるのも納得だと書いています。
平家の宝刀 抜丸は伯耆の刀鍛冶 真守が作った刀であると書かれています。

しかしながら、なぜその名刀が国宝になっていないのか。
抜丸は、昔、盗難にあっていまだに行方不明らしいです。もし、見つかったら大発見ですね。

見かけた方は季節君にご一報ください。

 

ここで注意しなければならないのは、抜丸はもとは木枯であったと長享銘尽に書いてあるんです。

木枯→小烏と書かれたものも見かけますが、木枯と小烏とは別物だと思います。
昔はコピー機がなくって書き写して行くしかなかったので、季節君のように目が疲れてしまった書き手が写し間違えたのかもしれません。

もうここまで来ると大変です。

小烏と呼ばれる刀剣や木枯と呼ばれる刀剣が入り乱れてしまいます。

 

話はガラッと変わります。

小烏の写真を見て驚きました。(天国作、皇室御物の方です)

両刃で反りのある刀なのです。

死角をなくすためか、刺突狙いなのかわかりませんが、恐ろしい刀です。

緋村剣心(るろうに剣心ね)の逆刃刀を思い出しました。アニメの世界ではなく本当に逆刃刀がありそうです。

 

それに小烏では小説に出てくる峰打ちができません。長谷川平蔵(鬼平)はどうするのでしょう。きっと困ります。

峰打ちと言うのは実在しないそうですし、逆に反った刀で構えると言うのはけっこう格好悪いです。

いらぬ心配をし、話が迷走しましたが、言いたいのは、伯耆の名刀は童子切りだけではないぞと言うことでありました。






このページのトップヘ

見出し画像
×