安綱 げな談義

いよいよ安綱げな談義の当日です。

季節君はスタッフさんと共に、早めに会場入りをしました。

そして会場のキャパや控室を確認し、もちろん命より大事な昼飯も確認しておきます。

 

次に米子市美術館に再度出向いて安綱の現物を拝見。

倉吉に展示されている安綱の写真と米子市美術館の三振りの安綱を比較します。

切っ先の大きさの違いや銘の違い。

江戸時代を代表する刀剣鑑定の大家、本阿弥光悦は安綱を数代あると鑑定しています。

それに準ずる形で多くの鑑定士が安綱を四人とする説を唱えておられます。

季節君も目を皿のようにして安綱銘を比較します。大変よく似ているのですが確かに違うと言えば違います。
どっちなんだよ!  o(≧▽≦)o 


これを同じ人物の腕の誤りとみるか、違う人が似せて作っていると見るのか。

季節君に断言など出来ようはずもございません。

 

図書館に戻って控室で食事をしながら、ゲストのみなさんと打ち合わせをします。

いつもながらこの時が一番充実していて、本音を語ります。

講演会ではむしろ、よそいきで無難な発言が多くなるのはいつものことであります。

それにしても、満員になったこの控室は暑い。冷房が切ってあるのでしょう。

そんな雑然とした中にあって、季節君は居合の中田先生に刀剣のレクチャーを受けることが出来てありがたかったです。

 

ふと気が付くと、満員であったはずの控室の人数が減っています。控室が暑いので、ひとり、ふたりと涼しい会場に落ち伸びて行ったようでした。

季節君もようやくそのことに気付き、会場に移動して原稿を読みこんでくことにしました。

 

講演は、まず鳥取県文化財課の中原先生と刀剣がご専門の中田先生のレクチャーがあります。

一般論としての安綱のお話や、平安時代の伯耆の様子などを教えていただきました。
太平記に記載されていた会見郡の鍛冶工房の遺跡についても説明があります。(これは刀鍛冶ではなさそうでした)
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そして伯耆の国各地にある安綱伝承の地から代表が集まり、郷土自慢が始まります。

まずは日下の大原に付いて。

太平記には「伯耆国会見郡の大原五郎太夫安綱」となっていますが、伯耆民談話では「会見郡に大原の地なければ、、、、」となっています。しかし、歴史資料から見れば平安時代に会見郡日下に大原村は実在したという記録が残っているのであります。

「ですから伯耆民談話の記述は削除していただきたい」との講演者の発言に会場は大いに納得の様子でした。江戸時代の伯耆民談話の著者にはそこまでの調査は無理だったのでありましょう。

そして、石碑に「鍛冶 真守」の表記があることや、その子孫が残っていることなどが述べられました。

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倉吉の大原は最近になってパンフレットが出されるなど、活発な活動がなされたところですが、大原鍛冶のことはもちろん、童子切りを是非「刀剣乱舞」に登場させていただきたいとの訴えでありました。

 

八郷の大原は大きな石碑のあるところで、これがあることによって訴求力が大きいようです。また、製鉄関連の痕跡も残っており、余裕の発言でありました。

 

上菅の大原は、大原神社や花の御前の逸話。お城の跡地などの説明があり、ここの鍛冶が有名な師匠のところに修行に行ったという話が残っているとのことでした。

 

ここまでで大幅に講演時間オーバーです。各自持ち時間は5~10分となっていますがそのような事はくそ喰らえ(失礼)

せっかく地元の自慢話をしに来たのだからと皆さん熱っ気を帯びていること甚だしいのであります。

季節君は日南町のお話をすることになっていますが、季節君だけが気弱な発言をしたのでは背負っている全日南町民の方々に申し訳なし。ということで明治を代表する刀匠、栗原彦三郎の調査記録をもとに阿毘縁の大原鍛冶屋敷と山伏伝説。日野山櫻という明治初めの文書による印賀や花口、笠木の大原伝説を紹介させていただきました。

 

こういった歴史は勝手に作ることはできませんので、伝承は大事に後世に伝えながら、伯耆安綱の里はここだもんねと皆で大合唱してゆこうと思います。


8月19日に米子市図書館でPM2から 安綱の談話会を開きます。

日南、日野、八郷、日下、倉吉からの伝承を紹介していただくのですが、どれも本物の匂いがプンプンします。

つまり、大原鍛冶はたたら製鉄と同じく伯耆一円で活動していたのが伺えます。

資料も調べていると、古い物がどんどん見つかって、やはりこれは一度系列的にまとめておくべきだなと思いました。

なかでも、季節君が取り扱いに困っているのが、鳥取県郷土史 第3編208ページの取り扱い。
銘から見て大原鍛冶の子孫は日南町石見住であること、また倉吉市小鴨村に居たことがわかる旨の記載があります。

これを調べてもなかなか正解が出てきません。
①石州に貞綱という刀工がいましたが、これを大原貞綱と混同したものか。
②江戸時代の鑑定書によると真守の銘は真守作、大原真守、伯耆國大原真守造が知られていますが、そのほかの銘が最近は出ているそうです。(ネット談)そういった類のものでしょうか。
③本当に大原鍛冶の名刀で石見住、あるいは小鴨住と銘の切られた真作があるのでしょうか。
鳥取県郷土史自体が権威のある書物なので、真作の可能性が否定できません。しかし本書には論拠が記載されていないのです。
どなたかご存知の方が有ったら、明日こっそり教えてください。

調べれば、どんどんと迷路にはまって行く季節君でした。

8月19日に米子市図書館で開催される、安綱げな話の資料を読み込んでいます。

季節君が担当するのは、阿毘縁の大原山。

じつは、栗原彦三郎(刀剣研究家であり、刀匠の偉いひと)という人が昭和11年に調査したことがあって、その日記を入手しました。

それから先輩に「伯耆国・大山歴史読本」も絶対に読んどけよな!と脅しをかけられたので、この本も入手いたしました。(たたらの楽校の備品にありました)

これを、読み解いてもっともらしいストーリーを構築しようと思っています。

さて、季節君の盆休み危うし。

いま勉強するか、勉強せずに後で痛い目を見るか。

勉強するなら今でしょ!

でも、めんどい。 (-。-)y-゜゜゜

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