かつて、日本の三大鋼と言われた印賀鋼。

(下原重仲の鉄山必要記事には、千種、出羽、伯耆の鋼が優秀だと記されています。)


大原安綱がその鋼の質の良さに惚れて、ここで作刀をしたといわれています。

ぢゃあ、それだけ良質だと言われたのはどのような理由があっての事か。

現代の科学を以ってその謎を解明しようというプロジェクトです。

恐らく焼き入れに強く、鍛錬にも耐えうる鋼は、リン分や硫黄分が極端に低いのではないかと思われます。

明治時代の呉海軍工廠でもそのようなテストが行われたという記録が残ります。
今回は鉄の成分分析のスペシャリスト、九州テクノリサーチの鈴木瑞穂先生の手に寄って分析が行われることになりました。

(人''▽`)ありがとう☆ございます。


サンプルは日南町に残る鋼。
近年、印賀砂鉄を使って作った鋼を2種類。
それから明治32年に作られて今に残る印賀鋼(山上の砂鉄を使い菅福山で吹いたものです)
菅福山と言えば都合山の次に操業した場所ですものね。

成分や断面構造を調べます。叩いて割ったらほぼ四角形になるという結晶を調べてみたいのだそうです。ここに残るサンプルもなぜか四角くなっています。

現代に残る印賀鋼から何がわかるのでしょうか

令和のふいご祭り3


今年、鳥取県の史跡に指定された都合山について詳しい説明会がありました。
鳥取弥生の王国推進課の水谷先生の講演です。
文化財には有形、無形などの種類がありますが、都合山は記念物の中の史跡に当たります。遺跡の中でも特に貴重なものを史跡と呼びます。
県指定と言えば、昨年指定された近藤家住宅を思い浮かべますが、近藤家は保護文化財のカテゴリーに分類されます。
都合山が指定されたことにより、鳥取県内の史跡はこれでちょうど20件になったそうです。7年ぶりに新たに史跡が指定されたということ。意外と指定史跡というのは少ないのですな。
都合山は、建物は残ってないのですが、山内と呼ばれる鉄づくりの村はほぼ完全な地形で残っており、明治期の俵国一先生の調査資料、平成になってからの角田先生の発掘資料、近藤家に残る経営資料、そしてこの遺跡とそろっており、非常にまれなケースです。
この史跡を上手に使ってゆくことで荒れることなく守っていけるというご指摘がありました。
それから、石垣の周りを綺麗に草刈りして、石垣の構造が見えるようにすると見ごたえがあるとのお話もありました。
いろいろとよいヒントを頂いたような気がします。

講演が終わって、たたら炉の前に帰ってみると、煙突から還元炎が立ち上っていました。
一酸化炭素の立ち登る状態を作って、酸化鉄FeOから酸素Oを奪い金属鉄Feを作ろうとしているのです。
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この後、炭の投入を終え、最終局面で炭を燃え尽きさせようとしている時の酸化炎とは、はっきり色が違います。
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ちょっと大掛かりな科学の実験だと思ってください。

そして燃焼を終えたら、出来上がった鉄の取り出し。
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今年もたくさんの鉄ができました。

ヤッルゥ!o(*>▽<*)o

ということで令和のふいご祭りは大成功でありました。


 

令和のふいご祭り2

たたらのコーナーでは一回目のノロ出しに歓声があがっていました。

派手に火花を出しながら、ノロと銑が出ています。IMGP0146
ノロだけだとこんなにも派手な火花が出ないのですが、銑鉄を含むとこんなになります。
イベント的にはこの方が見栄えがします。

その後たたらは地味に炭とさてつの投入が続くばかり。
他に目を向けてみました。

バザーのコーナーではこんなものもありました。
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そして、郷土料理のジャブ汁と奥日野米が無料でふるまわれています。
奥日野米はブランド化が進んで、普通に買うとかなり高価です。
その分美味しいので、季節君はもちろん普段から良い御米を食しています。
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今日は寒いので、暖かい料理がとてもうれしいです。
キタ──ヽ('∀')ノ──!!

山村開発センターでは子供体験教室で火おこしや磨製石器での体験会が行われていました。
そして、午後には都合山が県指定の史跡になったのを記念して鳥取県の学者先生が「ここがすごいぞ都合山」と題した講演をしてくださいます。
(第3部に続きます)

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